がんばらない

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 幼い頃から「がんばらなくてはいけない」と思い込んでいるところがありました。私は、「大事にされている」とか「愛されている」とか実感できることがあまりなかったので。がんばって「褒められよう」「認めてもらおう」と考えていました。逆に言うと、「ありのままの自分では駄目だ」「がんばらない私は価値が無い」「がんばらないと絶対に認めてはもらえない」と思っていた ってことですよ。

 そのうちに、無意識に「がんばってしまう」人になっていました。表ではさも楽々と生きているように見せて、陰で人の何十倍も努力しないではいられないんです。努力しないでいると、自分がどんどん駄目な人間になっていくように思い込んでいました。努力無しで愛されるなんてありえない、だって自分は駄目な奴なんだから、がんばらない自分では認めてもらえないんだから・・・そう思っていました。いまだにそういう考え方を無意識にしていることがよくあります。

 けれど、褒められたいがための努力は、私自身も周囲の人も苦しめることがあります。「こんなにがんばったのに・・・」と、認められないときには不満を感じるせいです。まだがんばり方が足りないのかと、自分で自分を追い詰めてしまいます。褒めてくれない周囲の人に対して、文句を言うことさえあります。そんなにしてまで「良い評価」を得たいと思ってしまう、息苦しい生き方、ですよね。

 なぜ、ありのままではいけないのだろう?と、野の花を見て気づかされます。そのままの自分、飾らない、偽らない、駄目な自分で、どうしていられないのだろう?と。たぶん、誰からも認められないと、生きている価値が無い、などと無意識に思っているんでしょうね。

 そんな窮屈な生き方をしてまで、私が欲しがったものは何だったのか・・・・

 虚しさを感じながら、野の花を眺めていると、誰にも認められることなしに花を咲かせるその健気さに胸を打たれます。無心、ということを考えます。いいじゃないか、認められなくたって。誰にも褒められなくたって。努力することは悪いことじゃないけれど、そのことで内心不満を抱えたり、苛立ったりするくらいなら、がんばらなければいい。

 ありのままの自分をまず自分が認めてやることが大事なのでしょう。自分自身を肯定してやる、自分を愛してやる、そして、するべきことを淡々とやっていけばいい。成果とか評価とか後からついてくるものに拘りすぎなければいいんですよね・・・・。

 がんばらない

 がんばりすぎない

 自分で自分の首を絞めるようながんばり方はしない

すべてをありのままに認め、するべきことを淡々とやって、生きていけるだけの強さを たくましさを しなやかさを もちたいと思います。

 

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