映画レビュー「そして、ひと粒のひかり」


「そして、ひと粒のひかり MARIA FULL OF GRACE」2007年5月17日

【ひとこと】
 危ない橋を渡っても・・・

【物語のあらすじ】
 南米コロンビアの小さな町で暮らす17歳のマリア(カタリーナ・サンディノ・モレノ)は、バラを栽培して出荷する町唯一の産業らしい仕事に従事し、母と姉と小さな甥っ子を養っている。ところが、恋人ホアンの子を身ごもってしまい、悪阻のために仕事中主任と喧嘩、勢いで仕事を辞めてしまった。怒る母と姉、働き口を探すマリアに、フランクリンと名乗る男がとある提案をしてくる。「麻薬の運び屋をやれば、1回でも大金が手に入る。やりたいなら、口をきいてあげるよ。」と。マリアはホアンと結婚するほどの愛情もない自分に気づき、これからの生活のためにと運び屋になる決意をする。

【感想など】
 マリアを演じたカタリーナ・サンディノ・モレノが各所で絶賛されているので、これは観ておかねば!と思っていた作品。たしかに存在感のあるいい女優であった。映画そのものは、いわゆる後進国の貧しさに起因する問題のいくつかを淡々と描いてある。相当悲惨な話なのに、ちっとも湿っぽくないし、過剰なあおりも入っていない。実にクールに描いてあるからこそ、よりいっそう現実的で、観終わった後にどっしりとした何かを残す。

 脚本や演出はもちろん素晴らしいが、何よりも主人公マリアが凄い。コロンビアという国の実情を彼女一人で体現してしまっているくらい。十分な教育を受けることも出来ず、国そのものが貧しくて、麻薬でも扱わない限りどうしたって這い上がれない構造がそこにはある。命を失う危険と引き換えの大金、コロンビアという国に生きている人間であれば、たった5000ドルが夢のような金額なのだ。

 特にマリアが麻薬を飲み込んで運ぶシーンの緊迫感はただごとでなく、実際にあんな粒を何十個も飲み込んで運ぶなんて、よほどのことがないととても無理だと思える。彼女の涙目になりながらの奮闘や、機内で出てしまったブツを再び飲み込む決意の表情など、真に迫っていた。また、アメリカでのルーシーの悲劇も、マリアの優しさと芯の強さがよくわかるエピソードになっており、友人・ブランカとの対比でそれらはさらに輝いて見えてくる。

 惨めな人生を一気に変えることが出来る金を稼げるなら、と苦しいこともあえて行うマリア。彼女は妊娠中絶という選択をせず、お腹の子をたったひとつの希望と思って生き抜く決意をする。その気高さに観客は胸を打たれるのだろう。この若い、真っ直ぐな目の乙女が、アメリカでこれからどのような毎日を送ることになるのか、薄々わかっていても。

 ところで、マリアの母と姉についてだが、彼女らはどうも「自分が働こう」とは思わないらしい。仕事を辞めたマリアの事情を聞いてやるでもなく、ただ怒って(叱って ではない)責めて、自分達がまるで被害者であるかのようにふるまう。そのへんがたとえば「ミリオンダラーベイビー」のマギーの家族に酷似していて、観ている者の眉をひそめさせる。コロンビアに限らず、「自分だけは楽して暮らしたい」とそれだけ考えて生きている人間は案外多いのだ。

 恋人ホアンにしても、「責任取って結婚する」などと言うばかり。マリアと子供を守っていこうという気概が全然感じられない。現実をしっかり見ているマリアが、この男に見切りをつけたのも当然か。17歳や18歳で結婚して父親になるなんてことは、コロンビアの若者でなくてもまず難しい。その点、女は強くてしっかりと地に足をつけているものなのだ。

 とにかく、観ていて辛い映画ではあったけれども、マリアの超音波画像を嬉しそうに見る表情が忘れられない。「これ、私の子供なのね?」という顔。プリントアウトしてもらった画像を後生大事に抱えて、病院の次回診察予約券を受け取るマリアは、さながら聖母のよう。アメリカでのその後は描写されなかったけれども、彼女はお腹の子供を産み育てて、健気に生きていくのだろうな・・・。マリアのように不法入国してアメリカに滞在し、その日暮らしで生きている最下層の人々は大勢居る。最下層、それでも、国に帰るよりはまし、なのか?それが最も辛い現実。

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