映画レビュー「21g」


「21グラム 21Grams」2005年5月8日

【ひとこと】
 ジグソーパズルが大好きな方、推理小説は最後から読んでしまう方、「メメント」や「アダプテーション」「マルホランド・ドライブ」を激賞した方、この映画はいかがです?

【あらすじと感想など】
 とにかく暗い、重い、やるせない、観た後平静ではいられない、そういう作品でした。時系列がバラバラで、3人の男女がどういう関わりを持っているのか、予備知識無しに観たらけっこう理解するまでがしんどいと思われます。めちゃくちゃに切られたフィルムを順番どおりに頭の中でつなぎ合わせながら2時間以上集中して観るのに疲れ果てた私には、この映画を手放しで賞賛することなんてできません。とにかくしんどかった。2時間ずーーーっと眉間にしわ寄せっぱなしでした。元気いっぱいで、時間がたっぷりある時に観ないといけませんね、これ。

 ストーリーはと言うと、
心臓移植しなければ確実に死ぬ男=ポール(ショーン・ペン)
夫と娘2人を交通事故で突然喪った女=クリスティーナ(ナオミ・ワッツ)
若い頃からムショとシャバを行ったり来たりの男@今は伝道師?=ジャック(ベニチオ・デル・トロ)
この3人がそれぞれの人生を交差させながらラストへなだれ込んでいきます。ジャックが轢き逃げしてしまった男がクリスティーナの夫で、その心臓を移植された人間がポール。ポールが探偵に依頼してドナーを探させて、轢き逃げ事件の経緯を知り、クリスティーナに近づき、いつか二人は恋に落ちて、クリスティーナが「ジャックを殺して」とポールに頼む。とまあこういうことですね、簡単に言うと。

 夫婦不和の打開策としてポールの妻メアリー(シャルロット・ゲンズブール)が選んだ「人工授精で子供を産む」ということ。たったひとつの命ですけど、この子供を産むという選択肢については、夫婦仲が良くなるどころか余計にこじれる元になってしまいます。特に、別居中にメアリーが授かった命を中絶してしまっていたと知ったポールの激怒。「俺たちはもうだめになってたんだ」と吐き捨てる台詞。「あなたはいつも自分のことだけね」と責めるメアリーの冷たい瞳。このあたり観てるだけでも胃が痛くなってきます。こういう「とっくに壊れてしまっている夫婦関係を必死で繕おうとする姿」には個人的に非常に辛いものを感じてしまうのでダメです。うわー観たくないーと思ってしまいます。

 轢き逃げしたジャックが自分自身の命ひとつを持て余し、死のうとするけれども死ねない、この重苦しさときたら、まったくやりきれなくなります。我が子の可愛い寝顔を見てさえ罪悪感に苛まれる辛さ。妻にもそれは理解しきれない、自分で背負うしかない、ジャックの罪なんです。「俺の鏡は俺自身だ」と妻に電話しながら涙を流すジャックの悲痛な声。彼の中にはもう神もいない、信じようと努力して裏切られた、彼はそう思っています。不良少年に「神を信じろ」と説きながらも彼自身がまだ信じ切れていないんじゃないか?とチラチラ見えるあたり、救いがないですよ。ジャックの人生って何だったの?と彼の気分に引きずられてしまうんですよね。ほんと奈落の底に突き落とされて、なおも無様に這いずり回ってる感じでした。自分の頭を指して「Hell is here!」ですから。

 クリスティーナにしても、家族を喪った悲しみからなんとか立ち直ろうとしているのに、ポールが現実を突きつけるわけですから、混乱するし、苦しいし、でもやっぱり好きなものは好きなわけで、やるせないですね、こういう関係は。誰とも関わりを持たないように、誰も憎まずに済むように、息を殺して暮らしていた彼女を 生々しい感情の坩堝に否応無しに引きずり込んだポールの言動はどうなんでしょう?あのまま何年も経って落ち着いてから、彼女が気持ちを整理できてから、緩やかに近づけたらその方が双方の痛みは少なくて済んだでしょう。そんな時間がポールにはないから辛いんですが。「告訴したって家族は戻らない」と言っていたクリスティーナが、ポールに出会ってしまったことで「ジャックを殺して」と憎悪を顕わにするあたり、人の感情の機微ですね。無理に心を殺してしまうよりも、憎悪を認める方がずっと人間らしいわけですけど、観てる側は辛くなります。

 もしもこの映画がもっとシンプルな構成であったならば、役者たちの熱演に思う存分ひたれただろうなぁと私は残念に思います。細切れのピースをつなぎ合わせることに神経使った分、それぞれの登場人物たちの心情にぐーっと入り込むとか、同化するとか、できなかったんですよね。3人が3人とも名演だったがために、全体としてまとまりを欠いてしまった気がします。焦点がぼけたというか。こういう構成がお好きな方は、抜群に良かったと評価なさるんでしょうけど。私は流れの中でそれぞれの気持ちを理解しながら観たかったなぁ・・・・。でも、そうすると、凡庸な映画になっちゃうかなぁ?

 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督はメキシコ出身ですか・・・・、うーん、この感覚と言うかセンスは独特ですね。ギジェルモ・アリアガ・ホルダンの脚本がこれまた、どういう頭の中なんだ?と思いました。「アモーレス・ペロス」を観てから「21グラム」を観るべきだったかな?撮影はこれまた激賞されっぱなしのロドリゴ・ブリエト。才能あふれるスタッフが再び結集したってわけですね。

 この映画が訴えているものは人によって受け止め方も違うだろうと思います。タイトルにもなっている「21グラム」それは人がいつか必ず失う重さです。死ねば21グラム軽くなるというんです。たった21グラム、チョコレートバー1個の重さに過ぎない、けれどもなんと重いことか!生きることや死ぬこと、愛するということ、たった21グラムの差でしかない生者と死者との違い。その途方もないへだたりを実感できるかどうか、映画の登場人物たち皆がそれぞれの生き方を示す、そこから私たちが何かを受け取れるかどうか、試されてる気分でした。クリスティーナが身ごもって、なんとなく明るい兆しもちらりと感じさせて終わったわけですけど、あんなに薬づけのコンディション最悪の母体から、赤ちゃんがちゃんと生まれてくれるのか?と不安になったのは私だけでしょうか?そのへんは男性が製作した映画だから感覚的にものすごく違うんだろうなと思いました。

 作品としては素晴らしい出来なのでしょうけど、私はたぶん二度と観ません。

こちらはお薦め!イニャリトゥ監督長編デビュー作「アモーレス・ペロス」のレビュー


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