映画レビュー「靴に恋して」


「靴に恋して PIEDRAS」2005年12月28日

【ひとこと】
 靴が無ければ、誰だって歩けやしない。

【物語のあらすじ】
 高級ブランド靴店で働くレイレ(ナイワ・ニムリ)は、店の靴をこっそり盗んで履き、クラブへ踊りに行く娘。靴のデザイナーを目指していたが、いつかインスピレーションを失い、恋人・クンとの間にも秋風が立ち始める。辛い別れの後、彼女は心の均衡を失ってしまった。

 アデラはキャバレー(売春宿)を経営しながら精神薄弱の娘・アニータを育てている。看護士志望の学生ホアキンを留守中に娘を見守らせるため雇う。客の一人が言い寄るのを断りきれず・・・

 イサベルは金持ちの夫と不仲なためにいつも寂しい。サイズの合わない靴を買うことで日々気を紛らわせている。友人の紹介で「足専門医」の診察を受けるようになり、押し隠していた気持ちをはっきりと自覚し始める。

 マリカルメンはタクシー運転手。亡夫の車を受け継いで運転手になり、継子二人を面倒見ている。だが、姉のダニエラはマリカルメンに怒りと憎しみをぶつけ、ドラッグに溺れて自殺未遂を繰り返す。

【感想など】
 最初に、この邦題はよろしくないですねぇ。靴フェチの話かと思って観てしまった人がいるに違いない、気の毒に。原題「PIEDRAS」は直訳すると「石」しかも複数形。この映画においては、靴が非常に象徴的な役目を果たすので、こういう邦題をつけたんでしょうけど、おそらく、製作者側はヒロインたちのつまづきや悩みを象徴するタイトルとして「PIEDRAS」とつけたはず。でも、英語で「STONES」とやられてしまったらおそらく「なんじゃそりゃ?」になるはずで、厄介な映画ではあります。

 ペドロ・アルモドバル作品に似てますねぇ。作風が、もろにかぶりまくりです。ああ、こういう撮り方、アルモドバルちっく~と思いつつ観ていました。良いんですよ、非常に素晴らしいんですけどね。

 この作品中のヒロインたちは、最初皆自分の足に合わない靴を履いています。レイレは真っ赤なピンヒールの綺麗な靴を盗んで履きますけど、クラブのお立ち台(死語?)で踊るにはあまりに危なっかしい代物。イサベルはわざわざ自分のサイズ「38」のひとつふたつ下、小さい靴を履きます。アデラは偏平足で、その娘・アニータは黄色のスニーカー一辺倒。マリカルメンにいたってはスリッパですよ、スリッパ!

 足に合わない靴ほど女をいらつかせるものはありません。それは気の利かない男といっしょ。もう投げ捨てたくなるほどに不愉快で窮屈で憎悪さえ覚えますね。自分の足にぴったり合う靴を探して探して、それを見つけた時にやっと、求めた愛を手中にする、というような象徴が本作ではそこかしこで展開していきますよ。こういう流れは私、大好物、ほんとおいしいストーリーでした。

 主要な登場人物が多いので、散漫な印象を受けるかもしれませんけど、ベンチに腰掛けたレイレが歩くことを(生きることを)放棄するかのように靴を脱いでコンと蹴る、などというおしゃれなシーンも満載です。イサベルの靴クローゼットも、靴好きにはたまらない光景でしょう。いや、私は靴フェチじゃないですよ?でも、レイレが盗んで履いていたピンヒールの赤い靴なんて、実に見事にdesirableで、女ならきっとレイレの気持ちがわかるはずです。

 ヒロインたちはそれぞれに境遇も年齢も愛の対象も違っていますが、みんな寂しくて、愛に飢えていて、愛されることを渇望しているように思えました。求めてやまない魂の平安が、愛する人と別れ、信頼をことごとく裏切られることによってますます遠のいていく。あわや命さえも・・・と思わせながら、最後はなんとかhappyに。長い手紙を書くレイレが裸足だったのは意味深でしたよ。彼女はこれから自分の足にぴったりの靴=人生を見つけるんですね。

 「ユートピア」でも好演、ナイワ・ニムリが、本作では最高の演技を披露します。特に、恋人・クンとの別れのシーンなんて、もう痛すぎて見ていられないくらいです。靴店の同僚(この男性はゲイですが)とのからみも微妙な友情がイイですよ。レイレを中心に、登場人物たちが少しずつつながっていく仕掛け、ちょっとしたミステリーと思えなくもない?映画の本筋とは関係ないですが、スペインのマドリッドもポルトガルのリスボンも、ゆかしい街ですね。行ってみたいと思わせてくれました。

 それから余談ですが、アルゼンチン・タンゴを踊る人々の足さばきや靴音は見事に官能的!クラクラきます。

【追記】

 ネタバレです。

 本作で、私が最も印象的だと思ったのは、去っていくクンを追いかけるレイレ、地下鉄の駅でのシーンでした。クンはレイレのよくない点をあえて言葉にせず、そのまま去ろうとしているのに、未練たっぷりのレイレが恐ろしい形相で彼を追いかけていくんですよ。そして、地下鉄に乗ったクンを追って、自分も乗り込み、発車間際に降りたクンと電車のガラス窓越しに視線をからませる、ここです。もう痛くて痛くて・・・・。恋は追いかけちゃダメなのよーーーーーとレイレに言いたかったなぁ。後にクンは「どうしても」と冷静になったレイレにせがまれて、別れの理由を述べますけど・・・。彼女が靴デザインへのインスピレーションをなくしてしまった結果、異常なくらいにクンに執着し、彼を息苦しくさせたというのが地下鉄の別れのシーンから納得できるんですね。この地下鉄のシーンの後で、部屋に戻ったレイレは、言い争った際に割れてしまったコロンのボトルをいとおしげに見つめ、床にこぼれたコロンを自分の手首につけて、いなくなった恋人を懐かしみます。この「実体はないのに、香りと思い出だけが残っている状況」って辛くないですか?ものすごく残酷なことだと思いますよ。あまりにも愛しすぎたレイレの、ナイフのような想いが、恋人も彼女自身も傷つけてしまう、悲しいことです。

 それから、売春宿を経営していたアデラがレオナルドに連れられて行く店。客達がフロアでアルゼンチン・タンゴを踊る「音」に魅せられるシーン。「タンゴを踊る時の床をこする音は、肉体を愛撫する音に似ている」というセリフがひゃあ~~~~かっこええ~~~~渋すぎ!でした。勘のいいアデラが、レオナルドはイサベルを本当は愛していると気づいてしまい、それとなく身を引く、このあたりも大人の恋愛で、非常にイイ。クドクドと言葉で弁解することなく、潔く帰ったレオナルドもイイ。大事な人をむざむざと行かせてしまったレオナルドのお馬鹿さんっぷりにはむしろ好感持ちました。

 アデラは娘・アニータがホアキンといい仲になるのを快く思わず、二人の間を裂こうとします。彼女自身が、レオナルドの心変わりに傷つき、八つ当たりしていると取れなくもないのですけれど、問題はホアキンがアニータを遊びの相手にしてるかもしれないという母親ならではの心配、なんでしょう。特に、アニータは7歳程度の知能しかない、しっかりとした人間がついていてやらないと生活にも困る娘。アデラの選択が正しかったとは言えないかもしれませんが、女としての感情と、母親としての愛情とがせめぎあう、苦しい心理をアントニア・サン・フアンが巧みに演じていました。海辺のコテージでタイプを打つ彼女、穏やかな表情になんだかほっとさせられます。

 最も可哀想に感じたのはイサベルですね。お金はあるのに、夫・レオナルドがいつも彼女をほったらかしにしていて、離婚を匂わせるようなことを平気で言うし、他の男と寝ている妻を責めもしない、これってもう夫婦としては終わっています。彼女が窮屈な靴をいつも買っていたのは、愛されたい気持ちのあらわれ。雨の中、タクシーを拾って出て行こうとするイサベルに、最後に「行かないでくれ」と言うレオナルド。イサベルが浴びせた痛烈なセリフ「あなたはいつも遅すぎるのよっ!」これには大きくうなずきました。レストランでアデラ&アニータ親子と同席するレオナルドにイサベルが言うセリフも厳しいです。性格超キツイ彼女が、夫の前で素直になれなかったのは悪かったかもしれませんが、レオナルドももうちょっと妻に時間や気持ちを割いていればよかったのに。金だけ与えていればいいってもんでもないでしょう。夫婦なんだから、妻の気持ちを思いやることがあってもいいと思いますよ。イサベルも可愛げのない女で、寂しさを万引きしたりして紛らわせるのがなんだか情けないです。潔く離婚するなり、夫と話し合うなりすればよかったんでしょう。

 タクシー運転手のマリカルメンは、優しくてたくましくていいですね。血のつながらない子供達を必死で育てて、継子に罵倒されてもあえて反論せず、じっと耐えてる姿が美しかった・・・・。本当に亡夫を愛していたんだなぁと遺灰を河に撒くシーンでもしんみりしちゃいます。容姿から言えば、彼女は最もダサい女でしたが、心の美しさはおそらく5人の中でもピカ一。あれほど反抗していた継子のダニエラも、ラストには職を見つけて働いてるので、ああ良かったと安堵しました。

 描かれている女性たちは皆どこか不器用で、可愛くて、幸せを追い求めていました。その姿が非常にけなげで、共感できて、素晴らしいと思います。でも、この映画では男は完璧に添え物、なんだか哀れに見えてきますよ。なんであんなイイ男達がゲイなのかしらという腹立ちがなくもないですけどね。

この写真やレビューがイイと思われましたら、バナーをクリック♪お願いします。
にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

ちいさい ねこ♪ のプロフィール@にほんブログ村

コメント

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。