映画レビュー「家の鍵」


 ちょっと間が開きましたが、過去ログから映画レビュー、本日は「障害をもつ我が子と共に生きる」というテーマの佳作です。舞台はヨーロッパ。役者が実に実に素晴らしい。

「家の鍵 Le chiavi di casa」2006年9月6日

【ひとこと】
 障害を抱えて生きるということ。共に歩むということ。愛するということ。

【物語のあらすじ】
 養父アルベルトからパオロ(アンドレア・ロッシ)を託され、ベルリンの病院へ連れて行くことになったジャンニ(キム・ロッシ・スチュアート)。出生時のトラブルのために歩行などに障害を持つパオロは、実はジャンニの息子だ。ジャンニは事情があってパオロを育てることなく15年が過ぎていた。初めて接する我が子。とまどいを隠せないジャンニを見透かすようにそっけないパオロ。病院では二人とも言葉がわからず、偶然出会ったイタリア語を話せる女性・ニコールに頼りっぱなし。ニコール(シャーロット・ランプリング)はパオロよりもさらに重い障害をもつ娘・ナディーンを世話していた。

【感想など】
 障害を持って生きるということはどういうことなのか。そして、共に生きるとは?深く考えさせられる映画。生半可な覚悟では到底やっていけない厳しい現実が伝わってくる。

 ときどき押しつぶされそうになりながら、苦しさをやりすごす毎日。ニコールの20年間は、苛立ちとあきらめのないまぜになった孤独な戦いの日々だったに違いない。彼女の一見穏やかな表情の奥には、言葉にできない辛さや痛みがある。障害を持つ娘を深く愛しながら、それと同じくらいに強く疎ましく感じ、そのことに苦しみ、自分を責めて、時には涙して。誰にも話せなかったはずの、その心のうちを ジャンニははからずものぞいてしまい、自分の立場や今後どうすべきかを否応なく考えさせられる。

 パオロと共に生きることを選択したジャンニだが、ノルウェーの田舎町で車を走らせながら、彼と暮らすことの大変さをほんの少しだけ実感する。そして暗澹たる気持ちのまま、路傍に車を停めて、涙するのだ。その涙は、つい怒ってしまった自分に心から失望し、パオロにすまないと思ってのものだろう。さらにはこれからの困難を思ったに違いない。自分のふがいなさを情けなく思い、しっかりしなければと自分を奮い立たせる気持ちもあっただろう。涙に暮れるジャンニを優しく慰めるパオロは、すっかり父親のようになってしまい、泣きじゃくるジャンニを撫でさする。支えるものと支えられるものとの逆転。心の触れ合うシーンでもある。

 これまで逃げてきたものに、真正面から向き合うのは辛い。ましてや、相手は生身の、かつて愛した女性の忘れ形見。徒や疎かに扱えない子供なのだ。自分の妻子もある。簡単にことが運ぶとも思えない。それでも、パオロに「家の鍵を渡す」=「同居して、共に生きる」と決意したからには、もう後戻りはできない。ジャンニの決意はかなり悲壮なものであったろう。報われないとわかっていながら、娘の世話を献身的に続けるニコールの姿を思い浮かべたのかもしれない。自分のこれからを彼女に重ねてしまうと、心中穏やかでい続けることなど到底無理だ。

 「泣かないで」とジャンニを撫でさするパオロは優しいけれど、生涯彼と共に生きることをジャンニはどこかで「重荷」と感じている。自分の力量に不安もある。逡巡が彼を余計に苛立たせ、背中を丸くさせる。それでも、パオロがこうして生きている限り、その存在を肯定するのであれば、ジャンニは受け入れていくしかない。自分のとまどいも、怒りも、焦りも、すべてをぐっと胎にためて、歩いていくしかない。たとえその歩みが遅くとも。足元が覚束なくても。

 この映画を撮ったのは、ジャンニ・アメリオ。脚本も彼が書いている。淡々とした映像と台詞の中に、現実と真摯に向き合う姿勢がよくあらわれている。この監督にとって、「障害者=可哀想な人たち」では決してない。障害を持つ彼らは、生きる上で他者の手助けを必要とするけれど、だからといって「ただのお荷物」「邪魔者」ではない。ノルウェーでのジャンニとパオロのドライブシーンは、障害者と共に生きるうえで絶対に避けては通れない関門を象徴的に表現したものだろう。ドライブ中に、パオロがジャンニをひどくイラつかせるけれども、そんなことは、これから始まる暮らしの大変さに比べれば、取るに足らないささいな問題でしかないのだ。監督は、主人公の決意をあえて揺さぶって見せて、この映画を終わらせた。観客すべてに問いを投げかけたのだ。「あなたは、自分がこの主人公の立場になったらどうしますか?」と。

 私は、私なら、どうするだろう?

 私なら・・・・・

簡単に答えの出る問いかけではない。

 相変わらず、素晴らしい存在感と演技力を見せてくれたシャーロット・ランプリングは言うに及ばず、堂々と渡り合ったジャンニ役のキム・ロッシ・スチュアートにも惜しみない賞賛を贈ろう。端正な顔立ちとすらりとした長身は、二枚目俳優路線で十分やっていけるだけの天与の才能だが、それ以上に彼は、演技力という武器をも装備して、これからの映画界にとって貴重な人材となるに違いない。「アパッショナート」で彼にやられてしまった私としては、今後の活躍も大変楽しみである。


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