緑の親指

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 遠縁にあたるその女性を 私は「花のおばちゃん」と勝手に思っていた。木造平屋のこじんまりとした家につましく暮らすその人は、緑の親指を持っていた。何を植えても不思議なくらいにすくすくと育ち、美しい花を咲かせる、それはきっと神様からもらった特別な力だ。花のおばちゃんの家の敷地半分以上を占める花畑。季節の花が所狭しと咲き誇り、行き過ぎる者の目を楽しませ、来訪者の心を癒した。



 山茶花、葉牡丹、水仙、梅、桃、チューリップ、すみれ、ガーベラ、キンセンカ、サルビア、カンナ、百日草、グラジオラス、カラー、鶏頭、百日紅、矢車草、バラ、アイリス、ダリア、くちなし、芍薬、桔梗、金木犀、それから、それから・・・・

 花のおばちゃんは、私が行くたびに花の名を教えてくれ、帰り際にはいとおしげに満開の花を何本も剪定ばさみで切り、新聞紙にくるんで持たせてくれた。もらって帰った花々は、母をことのほか喜ばせ、我が家に芳香をもたらし、明るい色彩を添えてくれた。



 晴れた休日にはいつも、花のおばちゃんの姿を花畑に見つけることができた。柵の外から声をかければ、笑顔で招き入れてくれる優しい人だった。器量良しの娘たちは良縁に恵まれて、近所に住まいを構え、何くれとなく母親の世話を焼いていた。それは子供の目にも微笑ましい光景だった。



 おばちゃんは生来病気がちな人で、晩年は床に伏せっていることも多かったらしい。天寿を全うしたのか、病死だったのか、私は詳しく知らない。けれど、記憶の中に残るおばちゃんの表情は、いつだって安らかで穏やかだった。花と共に在った人生。

 人には語らない苦労もあったと、亡くなって随分後に、おばちゃんをよく知る人から聞いた。遊興になけなしの金銭をつぎ込む夫のために、辛酸を舐めた時期もあった、と。けれどもおばちゃんは、決して泣き言を言わず、黙って働いていたらしい。誰だって重い荷を背負って生きている。自分だけが辛いわけではない。花のおばちゃんは、やるせない想いをすべて自分の胸ひとつにしまって、花に愛情を注ぎ、育てることで、苦しささえも昇華していたのかもしれない。



 民家の軒先に、丹精こめて育てられた花々を見るとき、私はいつも花のおばちゃんを思い出す。あの笑顔の裏には寂しさがあったのか・・・。花は何も語らず、ただ黙って咲いてくれる。その無心の中に、おばちゃんは癒しを求めていたのかもしれない。花の美しさに癒されていたのは、他の誰でもなく、おばちゃん自身だったのかも・・・。



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