千舟町通り夕景

千舟町通り夕景

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映画観てきました。
以下facebookでupした鑑賞文。

「そして父になる」 2013年10月1日(火)衣山シネマサンシャイン5番館にて鑑賞

 平日の13:00~の上映なのに、けっこうな入り。やっぱ前評判高いし、カンヌで受賞してるし、ハリウッドでリメイク決まってるし、観て損はないはずだという人が多いに違いない。

 で、私はというと、是枝監督の「誰も知らない」を観て以来、この人はただならぬヤツであると思っている。さらにオダギリジョーと香川照之が共演した「ゆれる」という映画のプロデューサーがこの人で、良い映画を製作する人と認識している。もっといえば、この人の演出の手法ってやつに、「うわー、ヤラレたわー。」と感じたこと数知れずなのである。

 さ、前置きは良いとして・・・・本編、淡々と進んでいく感じなのに、後半ずーっと場内ですすり泣く声が聞こえていた。私も何度も泣いた。是枝監督の演出には派手さやハッタリが全然ない。非常に静かに話が展開する。でも、妙にリアルで、すごいせつない、いっそやるせない、のだ。観客はどんどん引き込まれてしまう。まるで自分の子供が産院で取り違えられていて、よその子を全くそうとは知らずに6年間も育てて、ある日突然「間違えてましたので、子供交換ってことでよろしいですよね?」みたいな理不尽をつきつけられてる気がしてくるのだ。

 もちろん、この取り違え事件にも、「どうしてこんなことになってしまったのか」という真相は存在する。それが裁判でわかって、2組の親たちは激怒し、「一生赦さない」と息巻く。だが、いざその「犯人」に、つもりつもった恨みをぶつけてやろうとしても、主人公・野々宮良多には、できない。できなくなってしまう。

 少しずつ語られる良多の半生。どんな親に育てられたのか、どんな子供時代を過ごしたのか、なぜ現在のような価値観をもつに至ったのか・・・。登場するあらゆる「家族」に、それぞれの事情がある。どうしようもない「事情」だ。誰も責められない。誰も悪くない。なのに、苦しむ人が生まれてしまう。良多の、映画冒頭で描かれていた「非の打ちどころの無い人間」「人生の成功者」とでも言うべき姿は、実はそうではないとわかってくる。彼の寂しさ、苦しみ、不器用さ、意固地なところ、ひとつひとつわかってくると、ものすごーーーく、いとおしくなってしまう。(これは福山雅治が演じているから、だけではないぞ。)

 対象的に、最初は「ダメな人」だったリリー・フランキー演じるところの斎木雄大は、「いい父ちゃん」っぷりを存分に発揮し、妻・ゆかり(真木よう子)の「下町のおかあちゃん」も実に素敵に見えてくる。子供たちがこの夫婦を親として心から愛し、慕うのも、むべなるかな。子供にとっては「親が金持ち」「一流企業勤め」「豪華マンション住まい」「何でも買ってもらえる」「良い学校に通わせてくれる」なんてファクターは、実は幸せでもなんでもない。いっしょに転げまわって遊んでくれたり、お風呂で悪ふざけしてくれたりする人の方がずっと、親としてスバラシイと感じられてしまう。

 居るべき場所に帰されたはずの慶多と琉晴が、6年間も親として家族として暮らした人たちを簡単に「他人」と思えるはずもない。「帰りたい」という気持ちは日々募る。「ここが本当の家、この人たちが本当の両親だよ。」と言われたって納得などできない。人間には感情があり、理屈だけで割り切れるものではないのだ。ただ、「取り違え」という不幸な事件のゆえに、「養子に出された」場合とは状況が違ってしまう・・・。

 この映画、登場人物みんなが、それぞれにすんごい名演技で、いちいちあげてたらキリがないくらい。慶太が撮った写真を観て涙ぐんじゃう良多のシーンとか、もうもうもう、日本中のワーカホリックお父さん全員に観せてやりたいよ。あれ、よかったなぁ。福山君、この映画に出てまた進化したと思う。

 子供役の2人は、よくこんな「ピッタリ」の子供を見つけてきたなぁと驚く。是枝監督の眼力&演出力おそるべし。映画なんだが「この2家族、仲良く、ずーっといっしょに、この先もいけたらいいんだけどなぁ。」と期待してしまった。

 名作です。上映中に是非映画館へ!

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