映画レビュー「トランスポーター2」

 過去ログ倉庫から出してきました映画のレビュー。まずは「トランスポーター2」これ、今夜9時からテレ朝系列で放送予定ですね。というわけなので、このレビューは劇場で観た感想になっております。

「トランスポーター2」2006年6月23日

【ひとこと】
 運び屋というよりも、むしろボディガード。

【物語のあらすじ】
 プロの運び屋として危険な依頼を遂行し続け、報酬を得てきたフランク。しかし、ここマイアミでは、裕福なビリングス家の一人息子・ジャックを学校へ送迎するという「簡単で安全な仕事」をお抱え運転手の一時的な代理としてこなしていた。だが、自分の車でジャックを健診に連れて行った際に、何者かが医者になりすまし、ジャックに「何か」を注射しようとする。危機一髪で難を逃れたはずが、脅されてジャックをとある場所まで「運ばされて」しまい、必ず取り返すと心に誓うフランク。実は単純な誘拐ではなく、麻薬組織の陰謀に利用されていたのだった。タイムリミットが迫る。フランクは皆を救えるか?


【感想など】
 設定は前作を引き継いでいるらしいのですが、私は1作目を観ていませんので、そのへんがよくわかりませんでした。ただ、前作を観ていなくてもさして支障はありません。というか、あんまり関係ないんじゃないかと。カーアクション物だと思っていたら、なんかボディガードの話になってましたよ。

 製作・脚本がリュック・ベッソンなので、随所に「は?」という展開が見られます(w アクションも、剣道のシーンなんて「ないない、それは絶対ない」という、おかしいのがいっぱいあります。飛行機が海に墜落するとか、フツウ乗ってる人間は即死の状況なのにかすり傷さえ負ってないのね。あら探ししてるとキリがないです。

 で、そういうのには目をつぶって、純粋にテンポのよさとアクションだけを楽しんで観るにはいい出来でしたよ。特に主人公のフランクを演じたジェイスン・ステイサムはかっこよかった。悪玉の情婦で凶暴な美女・ローラを演じたケイト・ノタも、下着姿のガンアクションが冴えました。なんか観たことあるシーンだなーと思ってたら「ビバリーヒルズ・コップ」の2だったかな?こんな感じのシーンがありましたね。長身細身の金髪美女が、あられもない格好で銃をがんがんぶっ放すっていうのはマニア受け狙いなんですかね?

 べッソンなので、お約束の海をザザザーッとなめながら街を空撮というシーン、これ、あまりにも前の方の席で観てると完璧酔います。場所がマイアミですから、道路を走るバスにつかまって逃げるやつを水上バイクで追いかけるなどという荒業も繰り出されます。フランクがかなり高度なカンフーマスター的アクションで敵をバッタバッタとなぎ倒すのが観ようによっては痛快と言っていいでしょう。どうせ観るなら劇場の大画面で観ましょう。テレビだとたぶん迫力不足でストーリーの粗に目が行きそうですから。

 深く考えずにアクション映画を楽しみたいときにはオススメです。
スポンサーサイト

blogの方向性について

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:6件
  • トラックバック:0件
 さて、2007年9月24日にこのblog「ちいさい ねこ♪」を立ち上げて、はや1週間近く経ちました。さまざまな方面の友人・知人にご案内申し上げ、多くの皆様にここまでお運びいただいて、さらにはコメントまでも書き込んでいただくという、身に余る光栄に浴しております。皆様、ありがとうございます。常日頃から実感しておりましたことをあらためて申し上げるまでもないかもしれませんが、私は本当に友人に恵まれているなぁと、しみじみありがたく感じております。

 このblogの方向性に関して、ですが、写真のみ淡々とupしていくにはあまりにも初心者すぎますし、ヘタにもほどがあると自覚しておりますのでw おいおい別のものも盛り込んでいきたいと思っています。現在までにリクエスト?というか要望いただいておりますことは

1:映画のレビュー書いてよ。
2:たまには文学の話もしてよ。
3:やっぱアニメでしょー、アニメw
4:犬・猫の写真もupきぼんヌ。
5:四国や松山の街の風景などを見せてね。

などでしょうか。

 私も、いろんなことをやってみたいと思っていますので、なんでもありのblogにしていきますね。リンクはらせてくださった皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。これからリンクのお願いをする皆様、できればご了承いただけると嬉しいです。旧知の間柄でなくても、ご来訪くださった方々には、どうぞお気軽に書き込んでやってくださいと、この場を借りてお願い申し上げます。

月は裏側を見せない

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:4件
  • トラックバック:0件

 月は地球の側に常に同じ面を向けてまわっている。裏側を見せることはない。表には「兎の餅つき」と呼ばれる模様(日本では、だけれど)がいつもある。満ち欠けはあっても、見せる顔は同じ。あの裏側はどんな風になっているのだろう?それを知りたいと思った人は、多くの時間とエネルギーをかけて、探査ロケットを飛ばす。

 人にもいろいろな面があるけれど、見せる顔はわりといつも同じだったりする。裏側は見せない。見せる必要もない。裏側に隠す顔には、見られたくないものもあるから。探られたくない、知られたくない、そういう他人の一面をわざわざ暴こうとする悪趣味な人もいるが、そういう人は「暴く」行為を楽しんでやっているのだろうか?楽しんでいるとしたら、何が楽しいのだろう?私には理解できない。

 だが、恋愛に関しては話が別だ。好きな人のことはなんでも知りたくなるものだから。何を好むのか、何を嫌がるのか、どうしてほしいと望んでいるか、観察して、会話して、ありとあらゆるコミュニケーション手段を操り、少しでも近づこう、知ろうとする。そうして知ったことが、相手にとっては「知られたくないこと」であったなら・・・・

 知らないことをあえてそのままにする。相手が見せたくないと思っている面を知っても知らぬふりをする。そのあたりの配慮がさりげなくできる人は、大人だなと思える。スケジュール帳や携帯のアドレス、履歴、お財布の中のレシートまで、一所懸命探る行為は愚かしい。相手の人間関係を逐一知りたがり、根掘り葉掘り問いただすのも、おとなげないと思う。

 たとえ大好きな人でも、その人が知られたくないと思っていることには触れない、それは恋愛に限らず、他の人間関係についても言えるかも。



 夜景を撮りたいと思ったから、カメラばかりか三脚までも借りた。これは、2007年9月24日に OLYMPUS C-750 Ultra Zoom で撮影した1枚。夜空が明るすぎる気もする。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

松山の街の風景 2

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:8件
  • トラックバック:0件
 引き続き、松山の街の風景です。







 街の中で自分が何に興味を持ち、シャッターを切っているか、後から見直すとあきらかに「傾向」がありました。幾何学的な形状の人工物が連続して並んでいるところ、ラインが非常に美しいと感じさせるもの、古びた感じが味わいになっているもの、などに特に反応しているようです。

 花も景色ももちろん好きなのですけど、街中ではゴミゴミした感じや、雑多な雰囲気がいいですね。観光用にキレイに整備されたものもそれなりにいいとは思いますが、それよりも、「なんでここにコレが?」と思わせるようなものに目がいきました。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

松山の街の風景 1

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:6件
  • トラックバック:0件
 千舟町の通りから銀天街、大街道、一番町と、松山のいわゆる繁華街とか飲み屋街を昼間歩いてみました。目に付いたものをCanon A720 IS のAUTOで撮ると、こんな感じになりました。











 最後だけ、かろうじて松山らしい?w A720は、フォーカスが速くて確実で、手ブレも少なく、観光写真や記念写真を撮影するには申し分ないカメラだと思いました。あとは、マニュアルで調整できる機能を熟知したうえで、使いこなしてやることが必要だと思いました。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

Canon A720 IS で撮影した夕陽

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:6件
  • トラックバック:0件
 昨日買ったばかりのMyカメラ Canon Power Shot A720 IS で本日の夕陽を撮影してみました。撮影モードは「P」で、露出を「-1~-2」にしています。OLYMPUS C-750 Ultra Zoom ほどではないにせよ、夕陽の赤い色はよく出ているかな、と思いました。

 光学ズームとデジタルズームを使うと、最大24倍まで被写体によれます。でも、さすがにそこまでズームしたら画質が悪くなりますねぇ。記録画素数を「L」(8M 3264×2448)にして、圧縮率は「ファイン」に設定。blogの画像倉庫にupする際には500×375に縮小しています。









にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

ト・マ・レと言われても・・・

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:2件
  • トラックバック:0件

 赤信号だ、ト・マ・レだ、止まらなきゃ・・・そう思っても、止められない感情ってやつがあるからヒトは厄介だ。理屈で止まれるもんならとっくにそうしてる。それができないから困るんだ。

 ブレーキの壊れた車みたいに、思いっきり、フルスピードでつっこんでいって、結果は玉砕、なんてね。けれども、何もしなかったよりはよほどましだろうと、自分で自分を慰めてみたり。ひょっとしたらラッキーにも願いが叶うかもしれないし。

 やってみなけりゃわからないことが、世の中には無数にある。「嗚呼、こんなこと、やらなきゃよかったよ、とほほ・・・」と思うこと、そりゃぁいっぱいあったけど。これからもあるんだろうけど。「やっときゃよかったなぁ・・」と後悔するよりいいような気がする。

 取り返しのつかない結果になってしまったら?それはしかたがない。自分で一生背負うのさ。腹を括ってかかるしかないじゃないか。こうしたい。こうなりたい。自分の願ったことを実現させるために。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

こっちですよと道案内

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:15件
  • トラックバック:0件

 C-750UZを借りて、初めていろいろなものを撮影した、その日の1枚。浄瑠璃寺の駐車場から本堂へ続く道に、この案内板がありました。

 案内板は微妙に傾いていました。そのすぐわきに咲く花までもが傾いていて、なんだか「こっちですよ」といっしょに道案内をしてくれているような気がしたんです。長く歩き続けてやっとここにたどりついたお遍路さんたちは、この花に導かれて、また行脚を続けるのですね。優しい花々の表情が、疲れた心と身体を癒してくれるのでしょう。

 たしか7月19日でした。暑い日が続いていました。浄瑠璃寺の周辺でも、たくさんのお遍路さんとすれ違い、でも、お遍路さんにカメラを向ける勇気はまだなくて、建物や花や景色ばかり撮りました。眼前に見えているもののどこをどう切り取ればいいのか、迷いながらシャッターを切ったこの日。説明的な構図の写真が多くなってしまい、写真を撮ることの難しさを実感していました。

 持病があって、重い物を長時間持ち続けるとか、肩にさげたまま歩き続けるとか、私にはできません。ですから、C-750UZよりも、もっと小さくて軽いA720ISを買いました。街角で見かけた面白いものや楽しい瞬間を、どんどん撮りたいと思います。「あ!これイイな!!」と思えたものにはさっとカメラを向けられるようになりたいですね。スナップもうまく撮れるようになれたらいいなぁ。

 余談ですが、この黄色い花は「ルドベキア」か「ヘリアンサス」らしいというところまでしかわかりませんでした。今度また同じ場所へ行くことがあれば、じっくり観察して調べなおそうと思います。その頃この花が咲いているといいけれど。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

赤光あるいは遠い海

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:10件
  • トラックバック:0件

 海のすぐ近くで生まれ、18歳までそこで育ったので、進学のために親元を離れた直後は重症のホームシックに悩まされた。大学の寮に1年半いたのだが、その近くには海がなかったのだ。寮を出てアパート暮らしをするようになっても、海は遠かった。

 とはいえ、松山市内だ、車か電車で20分も行けば、海は見られた。でも、四六時中磯の香りに包まれて暮らし、常に潮騒を聞いていた私には、それは「海」ではなかった。こじんまりとした海水浴場。油臭い工業地帯の船着場。ドブ川が流れこむ潮溜まり。それは私の「海」とは程遠かった。

 結局いまだに海のそばに住むことはかなわず、ごくたまに車で遠出すれば海にも会える、という状況。懐かしい気持ちを満たしてくれるのは、双海の景色であったり、北条の風景であったりするので、自力でそこまでたどりつくのはけっこうキツイ。いつだって人頼みだ。車を所有している優しい人にお願いして、「海」へ連れて行ってもらう。そうしてひととき、私は懐かしい「海」にひたることができる、というわけ。

 この写真は、市内の山の上から見た景色。はるか遠くに海が見える。夕映えは美しかった。あらゆるものが赤く染まる時間・・・・静寂があたりを支配する。深呼吸して、身体の奥まで赤く染まるように感じた、あの日の記憶。この1枚が、私を連れ戻してくれる。深く満たされた、あの数分間に。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ

孤独

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:4件
  • トラックバック:0件

 あぁ、独りぽっちだ、と、しみじみ感じる瞬間がある。都会の雑踏にあってさえ。平穏な日々、不足などないはず。なのに、帰りたい還りたいと無意識に考えていることが。

 黄昏時の街灯は寂しい。暮れていく空にそびえたつその姿。まだあかりが灯らない頃、何かをじっと待っているかのようで。孤独に耐えているかのようで。

 寂しいと感じるのは、シェアできるものを持たないから。シェアできる相手がいないから。たとえ金銭的に恵まれていたとしても、分け合うつもりがないなら、それは寂しい。分かち合う喜びを知らない人は、孤独な人だ。

 なにげない日常のひとこま、今日何があったか、話して笑い合える人がいない、それを孤独と呼ぶ。自分の本音を言える人が誰もいない、それはたしかに孤独なことだ、と私は思う。

 たくさんの人が行き交う往来をながめて、そこに私の会いたい人はいないと気づく。そうか、だから、街灯を寂しいと感じたのか・・・・。理由がわかっても、寂しさは消えないけれど。

にほんブログ村 写真ブログ デジタル写真へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。