映画レビュー『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』

探偵はBARにいる2
画像は松山市内の under ground cafe

【ひとこと】
「探偵」と高田の名コンビ、ふたたび登場!w

【あらすじなど】
人口190万人、北の大都市・札幌。ススキノは大歓楽街だ。この街の一角、地下へ続く階段を下りると、そこは「KELLER OHATA」というカウンターバー。携帯電話もスマホも持たない「探偵」(大泉洋)はこの店を根城にして危険な依頼も引き受け、日銭を稼いでいる。相棒兼運転手の高田(松田龍平)は、いつも眠そうにしているが、腕っ節は確かで、「探偵」との呼吸もピッタリ。ある日、二人の友人「マサコちゃん」(ゴリ)が殺される。「マサコちゃん」は大事な存在だったというバイオリニスト・弓子(尾野真千子)の依頼で、事件の真相を探るうちに、「探偵」はさまざまなグループから命を狙われることに。大ヒットを記録した2011年の「探偵はBARにいる」に続く第2弾。ススキノの裏も表も知り尽くした「探偵」は、果たして友人「マサコちゃん」の死の真相を暴けるか!?

【感想】
個人的に大泉洋が大好き!!!!なので、ある程度何やっても許します私。さらに、この作品では松田龍平演じる「高田」もめっちゃ好きなので、出来が良かろうが悪かろうが、関係なく劇場へ観に行くつもりでいました。で、やっと観られて、超うれしー。あいかわらずのお馬鹿っぷりや、ボロボロの高田の愛車とか、笑えるシーン満載。路面電車の中での乱闘騒ぎも、エンタメとして楽しみました。

ー追記へ続くー


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映画レビュー 『藁の盾』

藁の盾
※画像と本文とはなんら関連がありません。



なぁ・・・俺、一体何を護ってきたんだろな?

【ストーリー】
ある日、すべての新聞紙上に全面広告が打たれた。「この男を殺してください。清丸国秀。御礼として10億円お支払いします。」と。7歳の孫娘を拉致され、乱暴され、無残に殺された、大富豪の蜷川(山崎努)が、余命いくばくもないと知って、逃亡中の犯人・清丸国秀(藤原竜也)に懸賞金を賭けたのだ。福岡で自首してきた清丸を東京へ護送することになった銘苅(大沢たかお)、白岩(松嶋菜々子)ら精鋭5名。だが、護送はことごとく懸賞金目当てのヤツらに邪魔され、情報をリークしている人間が誰かもわからないまま、一行は幾度となく命の危険にさらされる。一人、また一人と、護送していた刑事たちが脱落していく中、果たして銘苅は東京へ清丸とともにたどりつけるのか!?

【感想】
三池崇史監督の作品には、たまに「アラ」が目に付くが、この映画は非常によく出来ていたと思う。設定がかなりえげつないので、良識ある人には拒否感が強く出そうなストーリーだ。だが、これを演技力のある役者を要所要所に配することで、無理なくきっちりと一人一人の登場人物の心情までも見せていき、スピーディーな展開で切迫感をあおる。SPに警護される価値など無い(と誰もがきっと考える)「人間の屑」=清丸を 文字通り命がけで刑事たちが護ってやりつつ、数多の困難を乗り越えていく姿が感動的。ラストも私はこれでO.K.と思う。(ネタバレになるから言わんけど)


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「アリス・イン・ワンダーランド」を観てきました♪

アリスinワンダーランド


 (今日の写真はイメージ映像ですw アリス・イン・ワンダーランドと直接の関連はありません。)

 ただいま劇場公開中の話題作「アリス・イン・ワンダーランド」を観てきました♪大好きなジョニー・デップが主演、しかも監督はティム・バートン、そりゃあ観に行くに決まってますよ。私、3D映画をまだ観たことがなかったので、今回それも楽しみでした。

 あらすじとか、キャストとかはオフィシャルサイトもあることですし、ここでははしょります。

 まず、3Dですよ。実は、あの眼鏡がサイズ合わなくて、ほんと困りましたー。ずれおちるのを手で押さえて観賞していたので、2時間足らずなのに疲れました。なんとかならんもんですかね、あれ。立体的に見える、画面の奥ゆきが半端ないのですごく迫力がある、ってのは素晴らしかったです。アリスがワンダーランドへ落ちていくシーンなんて凄いですよ。自分もいっしょに落下してるように思えてきますから。ただ、シーンによってはスピード感ありすぎで酔いそうでしたがw 合成されているはずの映像がとってもリアルに見えてくるので、3D映画のこれからの可能性というのにもますます期待できそうだと思いました。

 お話はルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」をベースにしたオリジナルスト-リーなんですってね。ティム・バートン作品にしては、ストレートに話が進んでいくし、シニカルな感じもあまりなくて、ディズニーだから?と思いました。ただ、画面は全体がDARKです。3D眼鏡のせいじゃなくて。

 アリス役のミア・ワシコウスカ、可愛かったですね~。顔とか雰囲気は若かりし頃のグウィネス・パルトロウのような、はたまたケイト・ブランシェットのような、正統派美女。演技力もあります。初々しさの中にしっかりとした芯があり、いわゆる「不思議ちゃん」キャラクターを嫌味なく演じてましたね。このキャスティング、良かったと思いますよ。

 今回のジョニデはマッド・ハッター(奇妙な帽子職人)というワンダーランドでのアリスの先導役。このキー・マンがいなくては、アリスの大冒険も魅力半減です。さすがジョニデ、独特のキャラクターをばっちり造り上げてました。あの衣装とメイクも面白い!(ちょっと「シザー・ハンズ」っぽいですけど。)「チャリチョコ」でもああいう濃いメイクの変人役で、なんか観る側も最初からそれを期待してるんですよね。そのへんご本人もよくわかっていらっしゃる。実に楽しげに演じていました。

 赤の女王はこれまたバートン作品ではおなじみのヘレナ・ボナム=カーター。ブチ切れて「打ち首じゃ!」と叫ぶ顔が私はすんごいツボりました。この人、美女なんですよ。特殊メイクでわかりにくいけど。この作品だけしか観たことない方は、ぜひ他もご覧下さいね。
 
 ディズニーだし、娯楽作だし、いつものティム・バートン作品の「毒」や「癖」を期待していくと肩透かし食います。これはもうこういうもんとして楽しんだらいいんじゃないですかね?エンタメとしては合格です。ポップコーン食べながら、楽しく観賞できる映画ですよ。特別なにかしら教訓めいたものがテーマになってるかというと、そうじゃないです。映像の作り込みが半端ないツッコミ加減なので、細部までじっくり、舐めるように観賞するといいかも。私はアリスの衣装が素敵だなぁと思いながら観ていました。

 今回、吹き替えで観たので、字幕版でもう1回観てもいいなと思います。ジョニデは声も魅力的ですからね。

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映画「犬と猫と人間と」



 シネマルナティック湊町で1週間だけ上映されるという映画、昨日観て来ました。内容は、動物愛護に関わるドキュメンタリー。



 突然、「動物愛護の啓発になるような映画を製作してくれ」と、老女から依頼される飯田基晴監督。動物愛護について、何も知らないのに、「ボクでいいんですか?」と問えば、老女は「あなたがいいんです。私は人を見る目はあるのよ。」と。

 ずっと個人で野良猫などの面倒を見てきた老女だが、自分も高齢だし、もうこれ以上は無理だと思ったという。そして、どの猫(動物)も幸せに暮らせるような社会にしたくても、個人の力では難しいと痛感したのだ。そして、誰が見てもよくわかる映画を作ってもらったらいいんじゃないかと思いついた。映画の製作費は老女が負担するという。飯田監督はとりあえず「動物愛護」について知ろうと関係各所を回り始める。



 動物愛護センターでは最初ほとんど取材拒否にあった。「愛護」と言いながら、保護された動物のうち、新しい里親に譲渡されるのはほんの数%だ。大半は「処分」されてしまう。センターで働く人たちも、本当は殺したくない。でも、そう言っていられないくらいの数の動物たちが次々にセンターに収容される現実。

 民間の保護団体や、個人で犬・猫を世話する人たちに話を聞くうちに、監督もわかってくる。これは動物だけの問題じゃない。すべては人間の身勝手から生じた問題なのだと。中には家族同然の動物を経済的な事情などののっぴきならない理由で泣く泣く手放す人もいる。それはほんの一部。大部分の飼い主が「飽きたから」「大きくなって可愛くなくなったから」などのわがままで命を捨てる。自分では手に負えないからと、保護施設に押し付ける。

 一部の身勝手な人間が、おもちゃを買うような感覚で犬や猫を買う。あるいは拾ったりもらったりする。そのうち、面倒見切れなくなって、もういいやと捨ててしまう。もしくは飼い犬や飼い猫に不妊・去勢手術をしないまま仔犬・仔猫を産ませてしまう。結果、捨てるしかなくなって野良犬・野良猫が増える。不妊・去勢されないままの野良の動物たちは、自然繁殖し、数が増えて行く。悪循環だ・・・

 目を背けないでいることが難しい、深くて大きな問題。どうして犬や猫と人間たちとが仲良く幸せに暮らせないのか、言葉では言い尽くせないその理由、原因を 丁寧にカメラは追って行く。動物愛護の先進国・イギリスでもやはり殺処分される動物はいた。けれどそれは虐待などのために性格が矯正できないほど歪んでしまった動物を 仕方がなく処分する程度。日本とはわけが違う。日本ではまだまだ動物の命を軽んじる風潮が根強く、小さな命は「個人財産」と見なされ、財産を処分するのと同じように、命が「処分」されてしまう・・・。



 ある程度覚悟して観に行ったとはいえ、もうね、だめでしたねぇ。我慢できなかった、ですよ。涙で画面が観えなくって。ホントに辛くて辛くて、たまらない気持ちでした。

 犬も猫も何の罪もないんです。なのに、人間の勝手で殺されてしまう。人間ほど残酷な生き物は他にない、です。こんなにも他の生き物に苦しい思いを強いて、自分たちはのほほんと生きている・・・・ごく一部でしょうけれども、小さな命の価値に目を留めず、平気で見殺しにする人間に怒りがわいてきます。安易に命を弄んでいる、そんな気がしてきます。

 犬や猫との関わり方を根本から考えさせられる映画でした。すべての犬猫を救うことはできないけれど、1匹でも、殺されてしまう動物を減らすことができたら。1匹でも2匹でもいい、幸せに暮らせる命を増やしたい、そう思います。この映画は、できるだけたくさんの人に観てほしい。特に、子供たちには、現実として観てほしいですね。

 松山市内では、シネマルナティック湊町で13日(日)まで上映の予定です。12日(土)は20:30~22:30 13日(日)は11:00~13:00 の上映。

オフィシャルサイト 「犬と猫と人間と」 http://www.inunekoningen.com/

※映画の内容と画像とは直接関係がありません。

映画レビュー「グーグーだって猫である」



【ひとこと】
 猫って可愛いにゃー。

【あらすじ】
 小島麻子(小泉今日子)は全集が刊行されるほど評価の高いベテラン漫画家。だがここ数年は次第に創作意欲が低下し、寡作になっていた。ある日、15年も生活を共にしてきた猫のサバが死んでしまい、ペットロス状態に陥る。新しく飼うことを決めたのはアメショのオス、名前はグーグー。グーグーがとりもってくれた若い医師の卵となんだかいいムードになってきたぞ、というとき子宮癌が見つかり・・・・




【感想など】
 Kyon2も40代かぁ・・・・と、なんだかしみじみしちゃった映画でした。スッピンで登場するシーンもあるので、彼女の若かりし頃を知ってる人は、感慨深いかもしれませんね。いろいろあったこれまでの人生が、良い意味で顔にあらわれている女優さんですよ。

 主人公の小島麻子は実在の漫画家・大島弓子をモデルにしてますので、大島漫画にはまりまくった青春時代を過ごした人ならまた違った感想を抱くかもしれませんね。私は大島弓子の漫画に特別な思い入れがないものですから、普通に映画として鑑賞しましたよ。

 ストーリー的にはまあ、宣伝ですねw 随所に猫用トイレ(我が家でも使ってます、優れモノです。)とマンションならサー○スの会社との宣伝がさりげないとはとても言えない感じでさしはさまれます。アシスタント役に上野樹里と森三中が扮していますが、特筆すべき名演技というわけでもなく。話の展開も何が言いたいのか???盛り上げどころがよくわからん内容でした。

 ただ、男性というか、人(他者)に対して心を開くことがとても苦手な中年女性を小泉今日子は好演していました。人に対しては臆病だけど、猫には安心して接することができるという心境が、なんだかすごくいたましいような気がして。

 女が一人で働いて、苦しかったことも全部自分一人で引き受けて、気ままなようでもなんとなく寂しい人生、その最期が「癌死」だったら、やりきれないと思うんです。自由だけれども、孤独。この麻子のような暮らしぶりの女性は今どんどん増えているんじゃないでしょうか?

 猫は自由気ままな生き物で、可愛くて、見ているだけでも和めますので、面倒な人間関係に疲れた女性が「男は要らない、猫がいればいい。」というのもうなずけるんですよ。まあ、私は常に人と関わっていたい人間でして、猫さえいればそれで幸せとは思っていませんけれども、この主人公に自己を投影して観る女性、けっこう多い気がしますね。

 人と関わると、嬉しいことがいっぱいある半面、煩わしいこともありますでしょ?そのやりとりに疲れてしまって、厭世的になってしまっている人には、この作品が「癒し」になるかも。

 小泉今日子の大ファンと、上記のような方と、アメショが死ぬほど好きで観てるだけで幸せ、という方は楽しめると思います。





Canon EOS 40D + SIGMA 50mm F2.8 DG MACRO

映画レビュー「ホームレス中学生」



【ひとこと】
美しすぎるホームレス。

【あらすじ】
 いよいよ明日から夏休み。中2のヒロシは女の子から「映画行かへん?」と誘われて、ウキウキ気分で帰宅。が、家に帰ると家財道具がすべて外へ運び出されて積み上げられ、入口には「KEEP OUT」のテープ。兄姉と、いったい何が起きたのか、どうすればいいのか、話しているところへ、父親が・・・。「それぞれ生きていってください。解散!」の言葉に呆然とするも、兄姉二人に迷惑をかけたくないと思ったヒロシは、身の回りの物をバッグに詰めて、遊び慣れた公園へ行く。こうして彼のホームレス生活が始まった。

 お笑いコンビ「麒麟」の田村裕がつづった同名自叙伝が原作。

【感想など】
 小池徹平主演・・・・えーーーーーw 全然田村と似てないのにw 映画化のニュースを聞いて、まずそう思った。あんな可愛い男子中学生が公園でホームレスやってたら、私が拾って連れて帰るわw と。映画はほぼ原作に忠実に描かれているのかな?珍しく原作を先に読んでいたのに、細かいところまでハッキリ憶えていないので断言できない。

 映画のストーリーはベタな展開すぎてしらける人もいるかもしれない、というくらいにベタ。みんないい人で、田村家三兄弟はほんとに幸運にも優しい人たちのおかげで生き延びられたんだなぁと、よかったなぁと、そこは素直に思えた。あんなの作り話だ、ホームレスを1カ月もやってたなんて真っ赤な嘘だ、などという中傷も原作に対してささやかれているようだけれども、別に作り話でもかまわないではないか。実際、あんなに人情味あふれる環境が日本全国いたるところにあるかどうかは誰しも疑問に感じるところだろう。あれは大阪だから成り立つ物語だと思えばいい。是枝裕和監督の「誰も知らない」とは対照的。

 原作にもあった段ボールを食べるシーンなど、小池くんはよくがんばっていた。植え込みの陰で野糞とか、雨でシャワーとか、彼のイメージとかけ離れている場面でも、懸命に演っていた。いかんせん、小池くんの顔とか存在が美しすぎるために、せっかくの熱演もそれらしく見えないのが辛い。何日も食べていない人間が、もらった弁当を貪るさまなどは、「よしよし、よくがんばって演技してるね。えらいぞ。」としか見えないのだ。これはもう、どうしようもないことと思う。彼を主演に決めた時点で、それは予測されてしまっていた。

 入浴シーンがかなり長いのは制作側のファンサービスだろう。「妖怪大戦争」で当時人気絶頂だった神木隆之介くんが着替えシーンを長く撮られていたようなもの。真夏に何週間も入浴していなかったはずの小池くんが、妙に綺麗なので、また別の意味で面白い。洗い終わって身体を流したお湯が、あきらかに絵具で着色されているという見え見えの演出w そこで実際に何週間も入浴していない小池くんが、1発勝負の長回し、垢で浴槽のお湯が汚れて・・・・とやっていたら、まだリアルに思えたか?このあたりはアイドルの体当たり演技の限界かもしれない。

 それにしてもこの作品は脇役のキャストが豪華。主役の父にイッセー尾形、兄にキングコングの西野、姉は池脇千鶴だ。窮状を救ってくれる友達の父・川井に宇崎竜童、その妻が田中裕子、西村のおばちゃんにはいしだあゆみ、とにかく演技達者がそろっている。主演が小池くんだと下手すれば学芸会になりかねない。脇役陣がしっかりしていたおかげで、一定のレベルは保てたと思う。観客を泣かせようとする演出が目につきすぎるのは難点だが。

 個人的に好きなのは牛丼屋での兄とヒロシの会話。「俺かてしんどいわ!」と兄が弟を突き飛ばす。そして「一人ではできん。おってくれな。」と家出していた弟を諭す、あれは本当に実感がこもっていて、なかなかの名シーンだった。貧乏でろくに食べられないことより、家族がいなくて一人っきりの方が辛い。どん底を見た人間は強いけれど、それ以上に強いのは「守るものをもつ人間」「大事な人を守ろうとする人間」だ。田村の兄にとっては、妹や弟がなにより重要な支えだったはず。重荷などではなく、大事な家族だから、守りたい人たちだから、いっしょにいてくれなければ、強く生き抜こうとする意欲もなくなってしまう。

 西村のおばちゃんの急死によって、病気で亡くなった母にはもう会えないと理解したヒロシが、生きていく意味を見失い、無気力になるのもよくわかる。彼には優しかった母にいつかまた会えるという気持ちが支えだったのだ。簡単に言うけれども「強く生きる」ということは難しい。母の笑顔が大好きで、よくふざけて笑わせていたヒロシは、お笑い芸人の道を選んだ。動機やきっかけは何でもいいのだ。自分が「これならやれる」「これで食っていきたい」と思える道を選べれば。

 図らずもベストセラー作家になってしまった田村裕は、これから芸人としてやっていけるのだろうか?本の印税だけでなく、映画やドラマになった作品からも収入が入る。そのことで、彼の芸が磨かれることなく終わってしまう恐れもある。そういえば、最近田村裕の顔をテレビで見ていない。

 この映画は、小池徹平ファンなら楽しめると思う。原作本のファンはどうだろう?微妙。





Canon EOS 40D + TAMRON B003

映画レビュー「バットマン ダークナイト」



【ひとこと】
最狂かつ最凶の男、降臨。

【あらすじ】
 昼は大富豪、夜は悪と戦う戦士・バットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)の前に、得体のしれない犯罪者「ジョーカー」(ヒース・レジャー)が表れる。ゴッサム・シティの平和を願って日夜努力を続ける警察もバットマンも、一切のルールを無視するジョーカーの凶暴さの前に手も足も出ない。組織の活動資金半分をもらうことを条件に、バットマン抹殺を企てるジョーカーは、ありとあらゆる手段を使って彼を追い詰める・・・

【感想など】
 評判は聞いていましたが、まさかこれほどとは!ジョーカーを演じたヒース・レジャーの存在感と演技力に終始圧倒されました。彼こそ「悪の華」、ゴッサム・シティに咲いた徒花です。「自警市民」と称され、傷つき悩みながらも悪と戦うバットマンには彼なりのルールがありますが、ジョーカーはまるで無軌道。なおかつ戦慄を覚えるほどにずる賢い。その人間観察力や洞察力、企画力、行動力は驚嘆に値します。その才能をまともに使えば、たいていのことはやり遂げてしまえるのではないでしょうか?

 けれどもジョーカーにとって興味があるのは金ではなく、名誉でもなく、愛でも友情でもありません。彼はひたすら闇の帝王のごとくにゴッサム・シティに君臨し、人々に恐怖と混乱をもたらすことだけを考えています。悲鳴が楽しい、恐怖に引きつる顔を見るのが嬉しくてたまらない、そういう男なのです。

 醜悪な傷跡をさらに誇張するピエロ・メイク。その下に隠された素顔を誰も知らないように、ジョーカーの真意を知る者は誰もいない、ジョーカー自身が誰も信用していないのです。なんという孤独。彼が犯罪に手を染めるようになった経緯は謎に包まれており、顔の傷跡の原因も語られるたびにまるで違っています。なんの躊躇もなく人を殺す、街を壊す、その殺戮と破壊の衝動は、全編にわたって繰り広げられ、終始観客を「魅了」してしまうんです。幼い子供が積み上げたブロックのお城を嬉々として壊すときのような表情で、血も凍る恐怖をばらまき続ける狂気の魔王。そのアンチ・ヒーローっぷりが凄すぎます。

 人間の心の奥深くに潜む危険な考え、暗い情念を ジョーカーは言葉巧みに操って悪の道へと誘います。その強烈な誘惑には抗えず、墜ちてしまった哀れなトゥー・フェイス。バットマンをさらなる窮地に陥れた男は、最も勇敢で高潔な人と思われていたのに。人の弱さにつけこむジョーカーの恐ろしさが遺憾なく発揮されたシーンが病院爆破でしたね。去り際に一瞬「あれ?」という小首を傾げるしぐさを見せて、直後の大音響、崩壊・・・非常に印象深い場面でした。

 「バットマン ビギンズ」に引き続き、単なるヒーロー物には終わらせない脚本と演出でシリアスに製作された本作、アメコミを小馬鹿にしていた人たちに衝撃を与えました。私もその一人です。名優ぞろいのキャスティングといい、細部まで凝った作りの小道具といい、見ごたえのある映画に仕上がっていますね。1989年製作の前作でジョーカーを演じたジャック・ニコルソンも、ヒース・レジャーの熱演には文句のつけようがないでしょう。それにしても、惜しい俳優を亡くしたもんです。あぁ、もっと生きて、私たちにその演技を見せてほしかった、ヒース・レジャーよ・・・。 

※京都駅にて撮影 Photoshop Elements 7.0で加工
Canon EOS 40D + SIGMA 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM

映画レビュー「ハリー・ポッターと謎のプリンス」


 まだ劇場公開中なのでネタバレしないように注意しつつ、レビュー書いてみました。大人気シリーズの6作目です。

【ひとこと】
 巨星墜つ・・・(って、そっちかーい?)

【あらすじ】
 復活したヴォルデモートの手下がマグル界でもあからさまに活動するようになり、魔法界ではいよいよ警戒を強める。結界によって守られているホグワーツ魔法学校も、もはや安息の地ではありえない。なぜならヴォルデモートの息のかかった者たちが「隙あらば・・・」と狙っているからだ。
 ハリーたちも最終学年、すっかり大人になった彼らはみんな恋に悩む年頃となった。一方、父親が投獄され、焦るドラコ・マルフォイは、学校内にとんでもないやつらを引き入れ、目的を達せんがためにさまざまな策を弄する。
 ヴォルデモートを完全に滅ぼす方法を模索するダンブルドアは、重要なカギを握る人物・スラグホーンをホグワーツの教師に復職させる。トム・リドルに特別目をかけていた彼から、ハリーは秘密を聞き出せるのか?
 最終決戦の火蓋が今にも切って落とされようと・・・

【感想など】
 154分は長いです、ホント。でも、今回はラブコメの乗りで観ていましたから、長い上映時間もけっこう楽しめました。みんなすごく大人になっていて、映画版のハリポタマニアには嬉しいシーンもたくさんあったのではないでしょうか?

 私は毎度のことながら原作読まないで映画観ています。シリーズも長く続いていいかげん飽きるかと思いきや、本作は映画館で寝てしまうこともなく鑑賞。これはひとえにあの人が、あの人がーーーーー(【ひとこと】をご参照ください。)

 大変衝撃が大きかったせいで、「うわーーーー、嘘やー、嘘やー、誰か嘘だと言ってーーー。」と上映中にブツブツつぶやいてしまうほどでした。あぁ、あの人なくして最終話がどのように展開するかと、それがとても気がかりですわ。ネタバレになっちゃうからこれ以上書きませんけど。謎のプリンスの正体も明かされて、シリーズのラストはますます盛り上がりそうですね。

 本作に関しては評価が低い方もおられるようですけど、私はハリポタマニアの友達といっしょに鑑賞して「おもしろかったねー」と感想を述べ合いました。映画館で観てよかったと特に思ったのは、ハリーとダンブルドアが分霊箱を手に入れようとするシーンです。襲い掛かるやつらをダンブルドアが渦巻く炎で撃退するシーン、めっちゃ素敵でした。冒頭のヴォルデモートの手下がマグル界で暴れるシーンは臨場感ありすぎて酔いそうでしたよ。あと、ロンが大活躍するクィディッチの試合もいろんな意味で面白かったですよ~w ハー子(ハーマイオニー)のSEXYなドレス姿はファンなら必見!でしょう。

 最終話「ハリーポッターと死の秘宝」は二部構成になるそうです。これまでの作品をしっかり見返してから鑑賞に臨みたいものですね。前編が2010年11月、後編は2011年8月に公開の予定とか。期待してます♪


Canon EOS 40D + TAMRON B003

映画レビュー「ノーカントリー(No Country for Old Men)」



 録画してあった映画をようやく観られました。2007年アカデミー賞作品賞・監督賞・助演男優賞・脚色賞を受賞した作品です。監督はイーサン&ジョエルのコーエン兄弟。原作はコーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」。

【ひとこと】
 何かが 決定的に変わってしまったんだ。

【あらすじ】
 1980年、アメリカ、テキサス。
 祖父の代からの保安官、エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)は誇りを持って職務を遂行する日々を過ごしていた。だがある日、不可解な殺人事件に遭遇する。額を銃で撃ち抜かれているのに、弾丸が見つからない。これはどういう「殺し」なのか?
 麻薬取引の現場で、双方の人間が撃ち合いの末死んでしまう。そこへ偶然通りかかった中年男ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は、危険を承知で大金を持ち逃げ。死にかけていた男が気になって、夜半現場へ戻ったばっかりに、麻薬組織から追われる羽目になる。
 冷酷な殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)は、麻薬組織の依頼で金を奪い返すためにモスを追う。行く先々で冷酷に殺人を繰り返すシガー。彼の手には常に特殊な「武器」が握られている。金に仕込まれていた発信機の電波をたどって、モスを追い詰めるシガー。その頃、なかなか金が戻ってこないことに業を煮やした組織のトップは、別の追手を差し向けていた。
 息詰まる追走劇の果てに、老保安官ベルが見た現実とは?

【感想など】
 和製ホラー映画のようなじっとり湿った感じとはまったく違う種類の恐ろしさ。もっと乾いていて、殺伐としていて、理解の域を超える、そういう怖さがある映画です。夥しい量の血が流され、それぞれの場面がリアルすぎるくらいリアル。余分な音を一切排除した作品作りが功を奏し、他に例を見ない緊迫感のある映画に仕上がっていますよ。
 主人公は老保安官ベルですが、殺し屋アントン・シガーの人物造形があまりに私の理解を越えるので、彼が無表情に殺人を繰り返すそのたびに背筋がゾクゾクしました。
 通常、人の命を奪う行為には「愛」や「憎悪」などの感情がからんだり、「金」「利権」などの欲がからんだりしますね。それが殺し屋であるシガーには一切ありません。躊躇なく、次々に人を殺していきます。依頼を遂行するために邪魔なものを片っ端から排除していくだけ。美学に反する存在を消し去ってしまうだけ。もっとも効率の良いやり方を瞬時に判断し、冷徹に行動します。
 彼には彼のルールというか、モットーがあり、美学に基づいて行動しています。この美学が常人の理解を越えるので、わけのわからない怖さを醸し出しているわけです。不条理な突然の死に見舞われた被害者たち、彼らにとってシガーは「死」そのもの。音もなくしのびよって、一瞬で命を奪う、まさに死神なんですね。
 保安官ベルは、シガーのあまりの残虐さ・冷徹さ・神出鬼没であることに「幽霊」のようだと感じますが、シガーが負傷した後に自分で銃創を手当てするシーンなどを見ると、生身の人間であることがしつこいくらい丁寧に描かれています。だからいっそう怖くなる、別種の生き物ではなく、同じ「人間」だと思い知らされるから。
 ヤバイ金だと認識しながら大金を持ち逃げしたモスの心中、こちらは理解できますよ。溶接工として地道に生きていた彼は、トレーラーハウスに妻と二人暮らし。つましく暮していれば平穏無事な生涯をおくれたはずなのに、彼の生活の中では決してお目にかかれないほどの額を目にしたがために、人生を狂わせてしまいました。追手が迫ってくるのをいかにかわすか、必死で考え、保身の策を講じ、うまくいったかのように見えたのに、妻を殺すと脅されて、シガーの術中にはまってしまいました。
 一攫千金を夢見ても、凡人はどっかでつまづいて失敗します。一か八かの賭けにうってでたモス、あっけない最期が哀れでした。

 物語の冒頭に、老保安官ベルのモノローグがあります。そこで「理由なき殺人」によって死刑に処された14歳の少年のエピソードが出てきます。保安官はその少年が死刑になるように証言をしました。もう既に、彼の中ではこの現代社会の行動規範や倫理観が理解しづらいものになっていて、昔のような「正義」を貫くこともできない、ってことをこのエピソードは暗示しているのでしょう。
 ほんの数十年前ならば、社会規範が法とそれほど違わないところにあったはず。けれども今は、法で定められた「やってはいけないこと」が日常茶飯事。法と現実との間には大きな隔たりがあります。人々の意識も、まさに激変。「正義」など欠片もない人間が激増しつつあります。
 シガーがモスを追いかけ、追い詰め、殺して金を取り返して、おしまい、だったら、この映画は単に流血沙汰の多い映画と評されていたことでしょう。もしかするとカリスマサイコキラーとしてシガーは人気を博したかもしれません。でも、この映画のテーマはそうじゃない。タイトルをよく見てください。
 ここで言う「old men」とは、おそらく保安官ベルの年代の人間を指すんでしょう。彼らにとって現代社会は、得体のしれない魔物の巣窟になってしまっています。シガーのような無感情の殺し屋がそれを象徴しているんですね。悪のはびこる社会、暴力が支配し、大量の血が流される世界、理解も許容もできない、そういう時代にもはや年寄りは安穏として生きてはいられない、と。
 エンディングで、ベルが妻に語る2つの夢の話、いかようにも受け取れそうなあの夢の話が、観客に大きな問いを投げかけます。あなたはこの現実をどう見ますか?現代をどうやって生き抜いていくんですか?希望は残されていますか?etc.
 映画の結末はスッキリしません。人によっては意味がわからないとおっしゃるかも。そりゃそうでしょう。だって、何も「解決」していないのですから。主人公・老保安官ベルはリタイヤして、もやもやした後悔のような念を抱えたまま、余生を過ごさざるを得ない、ここがどうにもやるせないですね。砂をかむような虚しさを感じさせます。
 変わってしまったんですよ、なにもかもが。「人が敬語を使わなくなって、この国はダメになったんだ。」ベルが同僚とそんなことを話すシーンがありました。ひょっとすると、古き良き時代の思い出は、必要以上に美化されているかもしれません。それでも、なんの理由もなく、人を殺すなんてことは昔はなかったはずなのに。
 日本でも神戸の児童連続殺傷事件が起こって以来、理解を越える無差別殺人が報じられることが増えましたね。映画はアメリカを舞台にしていますけれども、この現象は世界各国でいまやごく普通に見られるのでは?不可逆性の進化なのでしょうか?それを肯定も許容もできない私は、「Old Men」にカテゴライズされるタイプの人間なのかもしれませんよ。




Canon EOS 40D + TAMRON B003

映画レビュー「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」


 6月27日から全国で劇場公開されている本作、やっと観られました!ネタバレありまくりのレビューなので、これから鑑賞予定の方は読まないでくださいね。本日(2009年7月3日)「金曜ロードショー」にて午後9:00から「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序」テレビ放映版が放送されます。こちらをご覧になってから「破」を鑑賞なさった方がわかりやすいかと。

 「エヴァって何?」とおっしゃる方、アニメに全然興味がない方には、このレビューもおそらく無意味です。スルーなさってくださいw 読みたい方だけ、以下白い文字で書いてますので、範囲指定して(反転させて)どうぞ。

【あらすじ】
 エヴァンゲリオン初号機パイロットとして認められたシンジの前に2号機パイロット式波・アスカ・ラングレーが登場。シンジがミサトと共に暮らすマンションに同居することになる。尊大で傲慢なアスカだが、次第に他人の存在の意味や価値を考え始め、シンジやレイとの間に人間らしい感情が芽生える。レイは碇親子をなんとか和解させられないかと考え、料理を覚えて食事会を開こうと思いつく。だが、食事会の当日、3号機のテストが行われることになってしまい、そのパイロットとしてアスカが志願、搭乗を認められた。テスト中、アスカを取り込んだまま3号機が使徒化。これを殲滅せよと命じられるも、シンジは従うことができず、自分が殺されることを選択する。ゲンドウの指示により、ダミーシステムが発動、シンジを乗せたまま初号機は残虐な殺戮マシンと化す。その結果に激怒したシンジをゲンドウは強制的に初号機から排除。NERVから追われたシンジ。第三新東京市をシンジが離れようとしたそのとき、またも使徒が襲来して・・・

【感想など】
 新劇場版は4部作となる予定とか。「序」はテレビシリーズからそれほど大きくはずれることなく制作されていた感じでしたが、「破」は意外な展開が随所に見られ、良い意味で期待を裏切る快作となっています。特に素晴らしいのはアスカの搭乗する2号機と使徒との戦闘シーン。CGを駆使しての圧倒的なヴィジュアルとスピードで繰り広げられる迫力の映像に唖然とさせられました。「序」でも感じましたが、使徒のヴィジュアルにはかなり意匠を凝らしていますねぇ。

 アスカは本作で「惣流」ではなく「式波」と改名されており、テレビシリーズとはまるで別人の言動を見せます。レイも「心のないお人形」的キャラクターから「血の通う人間」的キャラに変えられていて、シンジの精神的な成長にこの二人が大きく関わる形になっていました。テレビ版に比べると時間が短いので、ストーリー展開がやや性急に思えますけど、これはまあいたしかたなし。それよりも人間関係のドロドロを潔くカットしてしまった分、庵野監督の意図が伝わりやすい話になっているのではないでしょうか?

 注目すべきは新キャラ「真希波・マリ・イラストリアス」ですね。「メガネっ子」「ツインテール」「巨乳w(?)」という萌え要素をつめこんだ彼女の言動から目が離せません。声優は坂本真綾だしw 5号機パイロットだったはずのマリが、なぜ2号機を動かせるのか?「裏コード」を知っていたのはなぜか?「破」本編中では名前すら明かされない謎の少女・マリ。3作目にどのような形でからんでくるのかが気になります。何かと「知っている」彼女は、3作目において「シンジを導く者」になるのかなー。

 さらに、再登場した渚カヲル。Mark6を駆る彼は、サードインパクトの始まりを一撃で止めちゃうほどの力の持ち主。彼は新劇場版でどのような位置づけをされるのか?ゲンドウを「お父さん」と呼ぶ、その真意は?シンジを「幸せにする」とはどういう意味?謎は深まるばかりですよ。宇宙空間でも存在可能な、明らかに「人ならざる者」ですから、今後はいっそう度肝を抜くことをやっちゃってくれそうな気がします。

 全体的にまとまりのよい佳作となった「破」には賞賛の声が多いことでしょう。加持の運んできた「ネブカドネザルの鍵」(アダムではなく)は何のために必要なのかとか、謎解きも楽しいんですけど、素直にエヴァの世界を楽しむ方がいいんじゃないかなーと私は感じました。前作から10年以上を経て新たに制作された新劇場版は「焼き直し」などではなく、続編、シンジの意志によって新たに構築された世界における「ループ」の物語らしいので。

 個人的には「瞬間、心重ねて」で見られたシンジ&アスカのコミカルな掛け合いがばっさりカットされていたのが残念です。「マグマダイバー」の「熱膨張?(赤面)」のくだりもなかったのがすっごくすっごく残念!劇中で挿入歌として使われる童謡には違和感抱きましたけどね、テーマソングとしての宇多田はナイスですよ。


 まだご覧になってない方、劇場へ是非!あ、エンドロール中に席を立って帰っちゃダメですよ。その後がお楽しみなんですから。

Canon EOS 40D + SIGMA 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM

映画レビュー「天使と悪魔」



 先週劇場へ観に行ってきた映画の感想です。

【ひとこと】
 誘拐された4人とバチカンをラングドンは救えるか!?息詰まる138分!

【あらすじ】
 突然亡くなった教皇の弔いが行われているバチカン。悲しみに暮れる人々。コンクラーベが今にも始まろうとしているのに、有力な次期教皇候補である枢機卿たち4人が誘拐されてしまう。犯人からのメッセージには、カトリック教会を仇敵と見なす伝説の秘密結社「イルミナティ」のシンボルマークが!急遽呼び寄せられた象徴学の権威 ロバート・ラングドン教授(トム・ハンクス)は、最悪のシナリオを書き換えるべく、反物質研究者・ヴィットリア(アイェレット・ゾラー)とともに奔走する。1時間毎にせまるタイムリミット。二人は枢機卿たちを救い出せるのか?バチカンの崩壊を止められるか?!

【感想など】
 前作に続いて今回も、ラングドン名探偵の人間業とは思えない超超超名推理が見られます。 今回は最悪の場合「ローマを道連れにバチカン全体が吹っ飛ぶ」という仕掛け、それはもう焦りまくる状況ですよね。しかも、人質4人が1時間毎に処刑されてしまうなんて、あまりに厳しい条件下での謎解きですよ。「あぁ!!タッチの差!!!!!」というシーンもあり、非常にスピーディな展開が緊迫感を演出します。

 原作にはなかったキャラクターも映画では登場し、無理のない筋立てにするよう努力した製作者の苦労がうかがえます。ただでさえ長大な物語、たった138分に凝縮するのは至難の業だったことでしょう。前作では映画化にやや無理があったかと思われましたけど、今回はすんなりとストーリーに入り込んでいけました。あまりにせわしないと思われそうな場面転換も、この話ならばいたしかたなし、むしろほどよいスリルを感じられてよかったのでは?特筆すべきは舞台となったバチカンの雰囲気や、謎解きのヒントとなる美術品などの素晴らしさ。これを見るだけでも十分楽しめると思われます。

 主役の二人に加えて、今回は事件解決のカギを握る人物としてカメルレンゴ(ユアン・マクレガー)が登場、実にいい演技を見せてくれました。頭の固い枢機卿たちや司祭たちを相手に「戦争なんだ!」と演説を打つシーン、教皇の亡骸を確かめに行くシーン、反物質を手にヘリで急上昇していくシーンetc. 見せ場たっぷりでしたね。

 「天使と悪魔」というタイトルは実に意味深です。宗教と科学は長年相容れないもの、対立する存在として語られてきたわけですが、本当にそうなのだろうか?と考えさせられます。実は一人の人間、ひとつのものに、相反する概念が内包されていて、白か黒かという二極にスパっと分離できることなどほとんどない、それが物語全体から感じ取れました。どのようなことでも、さまざまな要素が複雑に入り組み、混ざり合い、存在しているわけです。あるいは見方を変えればどちらともとれる、というべきでしょうか。

 それにしても、カトリック教会内部の権力抗争は裏では凄まじそうですね。教会と他の団体との軋轢もけっこう厳しいものがあるように思いました。大抵の場合、事実は隠ぺいされて、美しく脚色され、後世に伝えられます。それは一概に「偽善的」と責められるものではなく、必要な「嘘」である場合も・・・。原作にはそのあたりのことも詳しく書かれているのでしょうね?(私はいまだ読んでいません、はい。)

 そうそう!爆発のシーンは特に迫力がありましたねぇ。劇場で鑑賞した方が、お家でDVDをご覧になるより面白いと思いますよ!

映画レビュー「おくりびと」



【ひとこと】
 いつも いつも 想っていたよ・・・

【あらすじ】
 東京の小さな楽団でプロのチェリストとして演奏していた小林大悟(本木雅弘)は、突然の解散のために失業。手に入れたばかりの高価なチェロを手放し、実家のある山形へ、妻・美香(広末涼子)を伴って帰ることにする。「とりあえずの職」と思って、求人広告を頼りに出向いた「NKエージェント」で、妻には詳細を伝えず働き始めた大悟。そこは「納棺」を執り行う小さな会社だった。社長(山崎勉)の風変わりな言動にも慣れ、次第に納棺師の仕事に魅せられていく大悟だったが、偏見から幼馴染は冷たくなり、妻までも実家へ帰ってしまう。それでも辛抱強く仕事を続けていた大悟のもとに、ある日、父が亡くなったという知らせが届く。大悟が6歳のとき、母と幼い大悟を置いて出奔した父は、ずっと音信不通だったのに・・・・

【感想など】
 日本映画界も、こういう作品を生み出せるのか・・・・と、大変嬉しく感じました。しっかりとした構想の下、長い時間(なんと12年!)をかけて丁寧に練られたであろう脚本。いぶし銀の輝きを放つ滝田洋二郎監督の演出の冴え。がっちりと脇をかためた名優達に支えられて、主演の本木雅弘が素晴らしい熱演を見せてくれました。役者として、ここまで成長していたのかと、正直驚きを隠せませんでした。もう「モッくん」などと軽々しく呼んではいけない気がしました。『納棺夫日記』(青木新門著)に感銘を受けてから、ずっとずっと映画化を切望し、奔走した彼の、粘り勝ちでしょう。

 ともすると重苦しい話になりがちなテーマですが、軽やかな笑いを巧みに交えながら「生」と「死」を描ききった名作。この映画が世に出るためにははかりしれない時間とエネルギーと想いが必要だったはずです。ほんの小さなエピソードひとつとっても、実に奥深い。語り始めればキリがないほど。中でもラストの感動に深く結びついている「石文」が私にとっては特に印象的でした。

 父の死の知らせに大悟と美香がとある港町へ駆けつけたとき、父は汚い布団に粗末な服装で寝かされていました。所有物は段ボール箱ひとつと、旅行カバン1個。狭い部屋で、港の仕事を手伝いながら、細々と生きていた父。納棺の途中で、きつく握り締められた父の手のひらを大悟が開いたとき・・・転がり出たのは白く丸い石ころ。それこそ、幼かった大悟が父に手渡した、思い出の「石文」だったのです。

 どれほど会いたかったことでしょう。けれども、自分が裏切ったのだから、あわせる顔もないのだから、そう思って、父は死ぬまで一人暮らしの寂しさに耐えたに違いなく・・・。親が子を想う気持ち、子が親を慕う心、時や場所が違っても、決して変わらない真実が、そこにはありました。

 納棺の仕事は、死者の尊厳を守りながら、遺された者たちに温かく優しい「別れ」を経験させるものです。それは決して「汚らわしい」ものなどではなく、熟練の手業と、真摯な姿勢、冷静さと優しさ、繊細さを必要とする、気高い仕事。主人公が社長の背中から学んでいく、その過程で、今まであまりにも誤解され過ぎていた仕事なのだとよくわかります。

 社長と大悟の手によって「おくられる」人々とその遺族のなんと幸せなことか。この映画の中で、「死」は決して終わりではなく、別の世界への入口、新たな旅立ちでした。悲しく辛いはずの葬儀の場が、厳かで優しい別れの儀式の場へと変わっていきました。ラストへと続く流れがとても自然で、ひとつも無駄がなく、130分の上映時間はあっという間でした。エンディングロールの背景には、納棺を粛々と行う大悟の姿。その所作の美しさ、気配りの見事さに、「もしも自分が死んだら、こんな納棺師の方にお願いしたい。」と感じました。

 脇役の名優たちの素晴らしさも、語りつくせないのですが、あまりネタばらしし過ぎてもこれからご覧になる皆さんに申し訳ないので、「とにかくご覧になってください」と強くオススメして終わりにします。いやぁ・・・ほんとに、素晴らしかった。日本国内の映画賞を総なめにし、アカデミー賞外国語映画賞をも受賞した本作、観て損はない傑作でしたよ。

映画レビュー「チェ 39歳 別れの手紙」



【ひとこと】
 彼は言った。「私は、人間を信じている。」と。

【あらすじ】
 キューバ革命が成功し、政権を握ったフィデル・カストロの隣から、突然消えたエルネスト・“チェ”・ゲバラ。彼は別人になりすましてボリビアに入国し、ゲリラ部隊を組織して、ここでも革命を試みる。しかし、キューバでは成功した手法が、ボリビアではことごとく失敗。ゲバラたちは次第に追い詰められ・・・

【感想など】
 辛い映画でした。観終わって感じたのは「ゲバラ犬死かよ?」でした。なんという報われなさ。キューバ革命成功の立役者として、世界中にその名を知られた人物の、あまりに悲しい死。

 状況は激変していました。キューバ革命の頃とは、世界が変わってしまっていたんです。けれど、ゲバラは変わらぬ信念を貫こうとして、不利な闘いを余儀なくされ、結果的に仲間を次々に失います。

 キューバではゲリラ部隊の味方となってくれた農民達、ボリビアでは手助けどころか密告者となっていました。喘息に苦しみながら、必死で士気を鼓舞しようとするエルネストの努力も虚しく、次々に脱走や除隊する者が出て、ボリビア軍による掃討作戦はゲリラ軍を殲滅。囚われの身となったゲバラに、もはや味方はひとりもいませんでした。

 とても印象的なシーン。囚われたゲバラを見張っていた兵士が、キューバのことをいろいろと質問してきたときのことです。彼が「共産主義者でも神を信じるのか?」とたずねたら、ゲバラは「キューバにも宗教はあるし、人々は神を信じている。」と答えます。「あなたは神を信じるのか?」との問いかけに、ゲバラは「私は、人間を信じている。」とハッキリ答えました。その兵士は、ほんの短い時間でも感化されてしまいそうなゲバラの強い信念に触れて、自分が変わってしまうことを恐れます。もう一人の見張り兵に、役を交替してもらうほど。ゲバラの持つ圧倒的な気高いオーラは、満身創痍で捕虜となってもなお、少しも損なわれてはいませんでした。自分達の試みたボリビア革命は失敗しても、ひょっとしたら、そこから農民達が学んで、革命を成功に導くかもしれない、ゲバラはそう信じたまま、逝きました・・・・。

 シートに包まれ、ヘリの外側にくくりつけられて、運ばれていくゲバラの亡骸。淡々と描かれたこの映画のラストは、あまりにもあっけない。その冷静すぎるほど感情を排除した演出が、退屈と受け取られるかもしれません。事実だけを追いかけ畳み掛ける手法。ゲバラと同化したかのような視点で。ソダーバーグ監督が、そして、ゲバラを演じきったベニチオ・デル・トロが、この映画で何を伝えようとしていたのか・・・・私には「もっとゲバラを知ってくれ」と言っているように思えました。

 彼はまごうことなき英雄です。真の革命家として高く評価されている人物です。けれども意外に知られていないこともたくさんある、だからこそ、混沌の度合いを深める現代にあって、あらためてクローズアップされるのでしょう。その強い信念、行動力、気高い思想、純粋さ、今ではほとんど絶滅してしまったかと思われるものが、ゲバラの生涯にはありました。

 もっと知りたい、と思います。ゲバラの見たもの、感じたこと、周囲にいた人々のこと。とりわけ、カストロという人物は、ゲバラをどう思っていたのか、そのような諸々を 知りたいと思いました。この映画はきっかけになればいい、知ろうとするきっかけに。観て楽しむ映画ではなく、観る人によって実にさまざまなことを考えさせる映画、それが本作なのだろうと、私は思いました。これは「チェ 28歳の革命」と続けてご覧になることをオススメします。2本でひとつの作品だと思うので。

映画レビュー「人のセックスを笑うな」



【ひとこと】
 リアルでナチュラルな恋愛映画

【あらすじ】
 美大に通うみるめ(松山ケンイチ)は、ある日一人の風変わりな女性と出会う。終電を逃してしまった、と人里離れたトンネルの中を歩いていた彼女は、パンプスを手に持ち、靴下履きだった。友達と一緒にトラックに乗っていたみるめが、見かねてサンダルを貸し、そのときは連絡先を聞くでもなく別れる。後日、大学で偶然再会した二人。女性の名はユリ(永作博美)、リトグラフの臨時講師、38歳。みるめはユリのまとう風変わりな空気に惹かれ、次第に近づいていく。モデルをやらないかと誘われて、ユリのアトリエまで出向いたみるめは、「じゃあ脱いで」とあたりまえのように脱がされてしまい・・・

【感想など】
 うーん、びみょーw これは好き嫌いがはっきり分かれる映画ですよ。最近密かにマイ・ブームの二人、松山ケンイチ&永作博美が主演だから観たんですけど。

 お話の設定はリアルだと思います。主役二人のやりとりや、みるめが好きなんだけどはっきり言えないで見守り姿勢におちいってるえんちゃん(蒼井優)の葛藤など、素直に微笑ましいと思える部分もかなりあります。つきあいはじめの頃の初々しい感じとか、ユリが人妻とわかって悩んでやせがまんしているみるめの辛さとか、けっこうキテました。でもでも・・・

 第一に、脚本のテンポが悪すぎるんですよ。なんというか・・・無駄な部分が無駄に多いんですね。場面転換が壊滅的に下手。ナチュラルを強調する手法といえばまあ、納得できなくもないかなぁ?それにしたってリズム感がなさすぎるような。長回しを多用しすぎてるんですよね。編集でなんとかできるはずの部分もあえて(?)そのまんまだし。141分が長すぎると感じました。100分でいい、100分で。

 第二に不親切な映像になっちゃってますね。たとえば、サンダルのエピソード。みるめがユリにサンダルを貸してあげてるのが後に生きるはずなのに、肝心のところで台詞はハッキリ聞き取れないし、引いたままの画で終わらせてるので、観客にはそこでサンダルのやりとりがあったことがわからないんです。こういうイラっとさせられる箇所がけっこうあって、私はそのへんが不満でしたね。

 あとね、音声のミスなのか、シーンによっては台詞がほとんど聞き取れず、雑音ばかりが聞こえたりもします。こういうのはストレスですよ。お話に入り込めないので困りますね。

 永作博美演じるユリは、やっぱりズルイと思いました。だってまったく色っぽくない服とおばさんくさい下着で登場してるのに、さらーっとみるめをものにして、簡単に脱がして、のほほーんと遊んで、「いろいろ考えて」などと本人言ってますが、結局みるめの前から消えちゃうわけですから。えんちゃんに責められてましたけど、本人「だって触ってみたかったんだもん。」とか言うんですよ、困りますね、こういう女。永作が演じてるから余計に、そっけない外見なのに男心をくすぐっちゃう、同性から見るととっても「ズルイ」女ですw

 松山ケンイチは20歳も年上の人妻にイカレてしまう純情な美大生を好演していました。アップがほとんどない映画なものですから、せっかくの泣きの演技も目立たなくって、ちょっと可哀相なんですけど。美大のデッサン用の石膏像とかいっぱい置いてある部屋に、通りかかったユリをいきなりひきずりこんで、押し倒してキスしちゃうシーンあたりは、切羽詰って思いつめてるのがよくわかりましたね。

 特筆すべきは蒼井優ちゃん、良かったですね。このコは何をやらせても独特の透明感を発揮します。非常に自然で、けれども印象が強い、稀有な女優ですよ。若手の中でもかなり将来期待できますね。「花とアリス」も好きですが、この映画のえんちゃんは「はまり役」です。他の女優さんはちょっと考えられないくらい。

 全体として見ると、キャステイングはいいのですが、映画としての完成度は高くない、と私は感じました。すっごく暇で、あまり変化の無い画面をだらだら~っと見るのが好きな人にはいいかも。それにしても恋愛ってままならないもんですね。

映画レビュー「チェ 28歳の革命」


【ひとこと】
 ドキュメンタリーといってもいいかも・・・

【あらすじ】
 フィデル・カストロの右腕となって働き、キューバ革命を成し遂げた立役者エルネスト“チェ”ゲバラ。彼の28歳から39歳までを前後編で描いた作品の前半部分。1955年7月、メキシコに亡命中だったフィデル・カストロの思想に共鳴したエルネストは、妻・イルダと娘・イルディーダをメキシコに残し、キューバへと潜入する。上陸後、山中でゲリラ戦を展開しながら徐々に兵力を蓄え、1959年、バティスタ独裁政権を倒し、首都ハバナへと侵攻する。

【感想など】
 率直に申し上げて、なんの事前知識もなしに鑑賞すべきではない映画、でした。「チェ・ゲバラって誰?」という方がご覧になってもわけがわからないと思われます。ソダーバーグ監督作品や主演のベニチオ・デル・トロのファンだから、という理由だけで鑑賞するのも危険です。少なくとも前編は、ドキュメンタリータッチの淡々とした作りであり、説明的な部分がほとんどありませんので、退屈に感じられることでしょう。

 映画として語るならば、これは記録映画にカテゴライズされるべきかと考えます。エンタテイメント性は皆無でした。なぜ若きエルネストが革命家を志すようになったのか、この映画ではまったく語られません。現在も世界中で最も愛されている革命家「チェ・ゲバラ」がどのような人間であったのか、一側面を描くものであり、後編と合わせて見て初めて意味をなすものだと感じました。

 私は、この作品を鑑賞する前に、ガエル・ガルシア・ベルナル主演の『モーターサイクル・ダイアリーズ』を観ております。そこでは若き日のエルネストが何を見聞きして社会主義に傾倒するようになるのかが描かれていましたから、『チェ 28歳の革命』がカストロとの出会いからいきなり始まってもさほど驚かずにすみました。

 この作品を鑑賞する前の私の「チェ・ゲバラ」のイメージは、弁の立つ、熱血革命家という程度でしたが、この作品を観て印象が変わりました。非常に先見の明がある、賢い男だったんですね。彼は実に礼儀正しくて、気高い思想の持ち主でした。自らの信念のために命を賭ける勇気がある人です。エルネストは行動力があり、指導力もあり、冷静な判断力にも恵まれていました。皆から慕われるリーダーとしての器を備えた人です。

 劇中に、脱走した元兵士を裁くシーンがあるのですが、そこでエルネストは「我々は農民を尊敬している」と語ります。尊敬する農民に乱暴狼藉を働いてはいけないし、敬意をもって接するべきなのであって、作物や金品を強奪するなどはもってのほかなのです。ましてや危害を加えた者は、死をもってその罪を贖うべきであると、元兵士らを処刑します。意志が強く、自分に対しても厳しいエルネストは、規律違反を決して許さなかったことがわかりますね。

 さらにエルネストは、読み書きを覚えるようにと農民上がりの兵士達に徹底させました。山中を行軍しているときでさえ、自ら勉強を続け、兵士にも算数をやれと教えました。教育を受けられないままの庶民は簡単に騙され、搾取される、という考えの下にたって、将来を見据えた理想を語り続けたわけです。そこにも、チェが尊敬された理由がありました。

 非常にストイックで、高潔な理想を実現するためにはどんな困難も乗り越えてみせる、そういう人が「チェ・ゲバラ」だったのだと感じました。彼の語る「真の革命家」とは、人民や真実への愛を貫く人でした。「祖国か、死か!」と演説をしたことで有名なゲバラですけれど、彼の熱い情熱は、搾取され、弾圧され続ける人民を救うための行動に常に費やされ、その熱は決して冷めることなどありませんでした。理想が高かった彼ゆえに、その後キューバに居づらくなってしまうのですけれども・・・。

 なんにせよ、早く後編を観たいものです。ベニチオ・デル・トロの熱演は、カンヌ映画祭で主演男優賞に輝く価値のあるもの。素晴らしい名演技ですよ。

『モーターサイクル・ダイアリーズ』のレビュー

『トラベリング・ウィズ・ゲバラ』のレビュー

映画レビュー「L change the world」



【ひとこと】
 Lの意外な一面?

【あらすじ】
 そこに名前を書かれたら必ず死ぬ「デス・ノート」。死神が落としたこのノートを使って「新世界の神」になろうと企み、挫折した「夜神月」には、好敵手が存在した。もう一人の天才「L」は、死の直前の23日間に何をしていたのか。実は世界を壊滅状態に追い込みかねない謀略を身体を張って阻止していたのだった。大ヒットしたコミック「DEATH NOTE」劇場版のスピン・オフ作品。

【感想など】
 松山ケンイチはもうずっと「L」の格好でいてほしいと思いましたw そのくらい、彼の「L」っぷりは良い感じです。原作のファンとして観ると、劇場版前後編以上にこのスピン・オフ作品は噴飯ものなんですけどね、まあ、いいじゃないか、「L」活躍してるし(萌

 「L」はああ見えても運動神経発達してるんですよ。テニスで月と互角に渡り合ってましたからね。あのしんどい姿勢でずっとイスの上にいるのも、そうとうな筋力が必要です。まあ、今回は全力疾走とか、ママチャリこぐとか、ファンサービス的なカットがかなり入ってますので、松山ケンイチの演じる「L」のファンはぜひとも観ろよという出来でした。

 ストーリーはあえて説明するほどのものでもないから割愛します。キャストですけど、工藤夕貴はすごくマジメに演じているのでちょっと痛かったですよ。役どころとしては準主役ですから、ちゃんと演じなくてはと思ったんでしょうね。目だったのは二階堂真希を演じた福田麻由子。このコはデビュー当時の田中麗奈そっくりでした。目元がいいですね。ナンちゃんはミスキャストだと思いますよ。だって全然見えないんだもん、そういうスジの人にはw コメディになっちゃう。

 余談ですけど、松山ケンイチは手が綺麗です。私は手フェチなので、手ばっかり観てましたよ。昨日初回放送だった「銭ゲバ」も観ちゃいました。けっこう面白かったので、次回もたぶん観るでしょう。デスノのスピン・オフはもうお腹いっぱいですw

映画レビュー「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」



【ひとこと】
 必死になるほど滑稽な・・・

【あらすじ】
 真夏のある日、山奥の田舎町で、トラックに轢かれて夫婦が死んだ。葬儀には「女優になる!」という夢を追って上京していた長女・和合澄伽(わごうすみか)が4年ぶりに帰ってくる。事故を目撃してしまった喘息もちの次女・清深(きよみ)は、姉にひたすら怯える。姉妹とは血のつながらない兄・宍道(しんじ)と兄嫁・待子はワガママな澄伽にふりまわされる。女優になるためには手段を選ばない勘違い女・澄伽の様子を観察してホラーマンガに描き、新人賞をもらった妹のおかげで、さらし者にされたと恨んでいる澄伽は妹を執拗に虐める。それをとめようとする兄・宍道も、実は澄伽に頭が上がらない。それはなぜかというと・・・

【感想など】
 これ、元々は舞台劇なんですね。登場人物たちのキャラクター設定や、人物相関図が、とても舞台演劇っぽいです。たぶん、映画より舞台のお芝居の方がしっくりきますね。シニカルでブラックなコメディらしいです。

 ストーリーは女優志望の容姿端麗で性格最悪の女・澄伽を取り巻く家族たちのドタバタ劇。佐藤江梨子が主演のはずなんですけど、私には永作博美の独壇場と思えました。永作演じる待子は不幸な生い立ちにもめげずに明るく生きてきた女性。結婚相談所の紹介で東京からド田舎の農家に嫁いできたということなんですけど、暇があると奇妙な人形を作ってるんですよ。それがなんともいえない不気味な人形で、本人は「可愛い」と思っているようです。待子は暴力を振るう夫に、ひたすら従順に仕える女でありながら、心の底では何を考えてるのかさっぱりわかりません。能天気なのか、鈍感なのか、悪気はなさそうで、でも、つかめない女なんですね。演じる永作の力でしょう。単なるオツム緩めな気のいい女に見えないんですよ。私は待子にすんごい底知れない怖さを感じました。

 佐藤江梨子はスタイル抜群で、この澄伽役にはまってます。素じゃないかと思うほど。この澄伽という女は突き抜けた馬鹿なんですね。尻軽だし、ワガママだし、強暴だし、思いやりのかけらもない。顔は綺麗でも恋人にはしたくないタイプ。それが才能もないくせに女優になるためとんでもないことを次々やらかすので、観察してると実に面白いんですよ。妹・清深がホラーマンガにしてしまうのも無理からぬこと。サトエリは下着姿になったり裸の背中を披露したりしてますけど、大胆な艶技というにはほど遠い感じです。濡れ場も元が舞台演劇だからか中途半端。脱いでも色気がないってのは女優として非常に残念な資質ですよ。綺麗なのになぁ。裸の背中が色っぽくないのはたぶんよけいな肉がついてないから。そういえば「さくらん」の土屋アンナも裸の背中は色っぽくなかったなぁ。隠微なニュアンスに欠ける気がしました。

 そうそう、サトエリよりも、妹・清深を演じていた佐津川愛美がよかったですよ。恐ろしい姉に怯えている演技が。顔もめっちゃ可愛いんです。メガネっ子でね、マニアに受けそう。虐められる役、似合ってました。最終的に一番末恐ろしい女はこの子でしたが。そのどんでん返しの部分も、演技上手かったですね。マンガ描いてるときの鬼気迫る雰囲気など、本人が何かに憑依されてるみたいな怖さがよく出てました。

 それにしても、タイトルの「腑抜けども」ってのは登場する男たちみんなですね。女たちはギリギリのところでものすごく「生きてる」のに、男たちはだらしない。ふりまわされてばっかりで。宍道の見せる「愛」が「悲しみの愛」と言えるかどうか、微妙な気がします。永瀬正敏は不器用で朴訥な田舎の兄ちゃんのイメージとちょっと違うんですけどねぇ・・・。まあ、大上段にふりかぶってみせたタイトルは、劇中の女たちのエキセントリックさに合わせたもののような。このタイトルによるつかみはOKでしょう。ただ、映画そのものは変な人たちの変な物語であって、特に最後で感動するとか、内容が深いとか、そういうものではありません。永作博美の女優魂を見たいと思うならオススメです。

映画レビュー「ロンリーハート」



【ひとこと】
 ケチな結婚詐欺師が悪女に出会って連続殺人犯に。

【あらすじ】
 結婚記念日のディナーを用意し、帰ってこない夫を待ち続けていた寂しい妻が、浴室で自らの頭を撃ち抜いて自殺した。かつては敏腕と謳われた刑事ロビンソン(ジョン・トラボルタ)は、それ以来情熱を失い、書類仕事などで日々を無為に過ごしている。一人息子のエディとも壊れた関係を修復できないまま。ある日、亡き妻と似た状況で自殺した女の事件を手がけたロビンソンは、その裏に何か不自然な作為を感じる。やがておぼろげに見えてきたのは結婚詐欺常習犯レイとその妹と名乗る女・マーサの引き起こす事件。二人を追うことになって、ロビンソンは次第に昔の勘を取り戻していく・・・

【感想など】
 主人公は刑事ロビンソン=ジョン・トラボルタなのだろうと思わせるストーリーです。しかしながら、マーサを演じたサルマ・ハエックがあまりにはまりすぎていたためにすっかり食われてしまいましたね。

 マーサは不幸な生い立ちを背負った悪女です。翳のある美女で、性技にも長けており、レイと出会ってからというもの、その情念の深さゆえにレイに近づく女達を次々と葬ってしまいます。レイは新聞の恋人募集欄からカモを見つけては金を騙し取っていたけちな小悪党。結婚詐欺でせこく稼いでいただけなので、あのままいけば一生ろくなことはないにせよ「死刑」にまではならずに済んだでしょう。ですが、マーサにそそのかされて次第に大胆かつ残虐な殺人を犯すようになってしまったのが運のつき。最期はミジメでした。

 いわば「運命の二人」を追う刑事ロビンソン、話の流れからすると、観客の視線はどうしてもレイ&マーサに向いてしまいますよ。そのために作品そのものがどっちつかずの印象になってしまったのが残念ですね。手堅くまとまった良い映画なのですが。監督が刑事ロビンソンの孫だそうで、そのあたりが作品に非常に大きく影響したのでしょう。

 げに恐ろしきは悪女の深情け。サルマ・ハエックが抜群に美しい映画でした。サルマに興味のある方は「フリーダ」をオススメ。こちらもサルマが存在感のある強烈な美女を演じた名作です。舞台のメキシコは極彩色の国なので、写真をやってる方には映像美を楽しめるというおまけもあり。

「最後の初恋」を観てきました


 この作品に関しては、さらっと感想だけ。

 まず、脚本がダメということはありませんでした。100分という短い時間でよくまとめたなぁと正直感じました。今日は女性サービスデーだったこともあって映画館は女性のお客さんが多かったような気がします。おそらくリチャード・ギアが大好きなんだろうなとおぼしき年配の女性も大勢。上映中、あちこちですすり泣きが・・・。私も泣かされたシーンがありました。

 リチャード・ギアが演じた医師・ポールは、ある事件がきっかけで人生を大きく狂わされてしまいます。それに関して、スコット・グレン演じる老人・ロバートが亡き妻の事を切々と語るシーン、これはね、本当に胸に迫る内容でした。台詞のひとつひとつに、素晴らしい愛と深い悲しみが満ちていて、ロバートのしわだらけの顔に宿る「人生」そのものが非常にリアルで、涙なくしてはとても聞いていられないほどでした。『君に読む物語』に共感して涙した人ならば、たぶんこれも泣いてしまうと思いますよ。

 主役二人は老けたとはいえルックスがいいので、熟年の恋愛も美しく見えましたけど、現実にはこういうのちょっとないかなーと思いました。ただ、良き母であることにこだわるあまり、自分自身の気持ちを封じ込めてしまったようなエイドリアン(ダイアン・レイン)がなんだか痛々しかったんですよねぇ・・・・。彼女の気持ちに共感できる40代~60代くらいの女性はかなり多いと思われますよ。私は、自分がやりたいことをすべてあきらめてしまっても良き母であろうとすることが「子供のため」とは思えないので、エイドリアンの価値観そのものに疑問を感じっぱなしでした。不実な夫を許すかどうか、という部分でも、現実にはもっと打算でどうするかが決まってしまいそう。

 自分らしく在ることや、真に護るべきは何か、誰なのか、ということ、いろいろ考えさせられる映画でしたね。設定はもう文句つけてもしようがないので、これはこれとして有り で観た方がいいと感じました。ネタバレしないように感想書くのが苦しい映画ですwww

撮影機材:Canon PowerShot A720 IS

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2007.10.19『君に読む物語』のレビュー

映画レビュー「ダイ・ハード4.0 LIVE FREE OR DIE HARD」



【ひとこと】
 不死身の男ジョン・マクレーンが12年ぶりにかえってきた!

【あらすじ】
 とことん「運の悪い男」ジョン・マクレーン刑事、今度は全米を大混乱に陥れるサイバー・テロに巻き込まれてしまった!ハッカーであるマットをFBIまで連行するだけのはずが、いつのまにか全米を危機から救い出すほどの大活躍!愛娘を人質にとられ、怒り狂ったマクレーン、果たして首尾よく救出できるのか!?テロリストの目論見を阻止できるか!?

【感想など】
 なんかスカっとする映画ないかなー?と録画してあるものを物色していたら、ありましたよ、これw 何も考えずにボケーッと見ていて楽しめる映画です。「ダイ・ハード」シリーズはたぶん全部見てるはずなんですけど、なんせ3作目から12年も経ってるということで、記憶が怪しい。まあ、単体として鑑賞してなんら問題はないでしょう。

 ストーリーはアメリカ政府の要職にあるやつらがあまりにボケだということに目をつむりさえすれば、それなりにスピーディーに進んで行きますので、ストレスたまっちゃうこともありません。ド派手なアクションの連続で、ぐいぐいひっぱってくれました。130分はちょうど良い長さでしたね。

 今回もいつも通りに不死身っぷりを発揮するマクレーン刑事が秀逸です。ブルース、この年齢(1955年生まれ)でよくがんばってます。さらに言えば、娘を人質にとられてからの獅子奮迅の大活躍が凄かった。強いお父さん、めげないオヤジ、ふだんはウザイけどいざとなったら頼りになるダディ、こういうのってアメリカでは理想とされそう。なんとなくデ・ジャ・ビュと思ったら、「アルマゲドン」でもブルースこういう役どころでしたねw

 敵役のガブリエルを演じたティモシー・オリファント、彼はどことなくジュード・ロウに似てました。もっとアクの強い敵役だとさらに面白くなったかも?ちょっと頭デッカチ系のハンサムなので、物足りない気がしましたね。それからガブリエルの片腕の役どころ、アジア系美女・マイを演じたマギー・Qが私はけっこう好きでした。華奢に見えてすんごい強い美女、ルーシー・リューよりもずっと優しげな顔立ちが美しいです。

 劇中で起こるサイバー・テロは、現実にもありえそうでした。システムは欠陥があってあたりまえ。でも悪意ある者によって壊されないように、常に保安管理を考えていかないといけないんですね。この映画ほど簡単(でもない?)にシステムがすべて何者かにのっとられることはまずないと思いたいけど・・・・どうなんでしょうねぇ?

 しかし、戦闘機とサシで勝負する男なんて、よくまあ考え付きましたね。マジ「ありえねぇーーーーー」の世界ですよ?ごく普通の自動車でヘリ1機を撃墜しちまうシーンも、唖然とさせられました。広い場所で次々に繰り広げられる派手なチェイス、カーアクション、スタント、これぞハリウッド。アクション映画ってのは、何も考えずに楽しめばいいんだということを再確認させられました。

 シリーズ物なので、どうしても前の作品と比べられてしまうのは仕方がないんですけど、私はこの映画けっこう好きです。プライベートはかなりミジメで可哀想な男マクレーン刑事が、わけわからんくらいしぶとすぎてステキでした。うん、面白かった!

撮影機材:Canon EOS 40D + TAMRON SP AF28-75mm F2.8 A09E 

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